理容器具の一種。バリカンの名称は,1883年パリ公使館勤務の長田桂太郎がみやげとして持ち帰って紹介した製品が,フランスのBariquand & Marea商会のものであったことに由来し,明治末期から一般に普及した。英語ではヘアクリッパーhair clipperという。刃の要部は上下に重ねられた櫛形状の二枚刃から成り,下刃は固定,上刃の往復運動によって両者の嚙合せを利用し,櫛形の部分に入った毛を挟み切る。刃の厚さによって1mmから13mmまでの各種がある。通常3mm(1分刈り),6mm(3分刈),9mm(5分刈)を基準にしている。多数の毛髪を短時間に短く切り整えられるこの発明は画期的なものだった。初め手動式,次いで電動のモーター式とマグネット式が考案された。手動式にはフランス型(スプリングを交差状の把手(はしゆ)部に取り付ける)とドイツ型=アメリカ型(スプリングを刃要部に取り付ける)がある。1920年に電動式がアメリカから最初に輸入されたが,数年を待たず国産品がつくられた。
日本のバリカン製作史は,1888年,元鉄砲鍛冶の伊藤兼吉が,修理を頼まれた羊や馬の毛を刈るトンドゥーズtondeuseにヒントを得て,日本式両手ジャッキと呼ばれる大型のものを考案したことに始まる。一方,フランス型片手式をモデルにした国産第1号は東京の中村友次郎によって90年に完成,日清戦争を契機に頭髪早刈鋏として普及する。その後,石丸少三の理髪剪刀(せんとう),中村の髪刈機械,窪式バリカンなどの新案特許が相次いだ。現在は海外に輸出されている。
執筆者:坂口 茂樹
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毛髪刈り込み用の理容器具で、正しくはヘアクリッパー。フランスの製造会社バリカン・エ・マールBariquant et Marreが刈り込み用器具の日本での一般名称になった。日本では散髪脱刀令(1871)に伴い1874年(明治7)フランスから両手式のものを菱屋(ひしや)(現丸善)が輸入したのが最初である。国産品は、88年元鉄砲鍛冶(かじ)の伊藤兼吉(大阪)が「ジャッキ」を試作、実用化した。関東では、横浜のマーヤ商会が輸入したフランスの片手用ばね式バリカンをモデルとして国産化に成功、90年に東京・本郷の鉄砲鍛冶中村友太郎が初めて国産片手バリカンを市販した。日清(にっしん)戦争(1894~95)中に丸刈りスタイルが定着、軍隊などで広く使用されるようになり、1920年(大正9)にはアメリカから電動式のものが輸入され始めた。現在ではコードレスの電動バリカンも普及している。
[坪内靖忠]
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