改訂新版 世界大百科事典 「バルドトエドル」の意味・わかりやすい解説
バルド・トエ・ドル
Bar do thos grol
チベットの密教文献。〈エジプトの“死者の書”〉に対して〈チベットの“死者の書”〉と通称される。正式の題名は《“安寧神と忿怒神を観想することにより自己を解脱させる深遠なる宗教書”の中より,中有(ちゆうう)(バルド)の状態での聴聞(トエ)による大解脱(ドル)》。チベット仏教の祖聖パドマサンババ(蓮華生)によって著され,セルデン河畔のガンポダル山に秘匿された埋蔵経(テルマ)の一つで,その後パドマサンババの第5の転生者である超能力の霊感の具有者リクジン・カルマリンパ(14世紀?)によって感得・発掘されたとされる。
本書は,チベットで死に赴く病人・死者に対してその枕辺で僧の読誦する,日本の〈枕経(まくらぎよう)〉に相当する性格を有し,かつその後7週間にわたって亡魂供養のため唱えられるお斎(とき)の経としても用いられる。内容は死の瞬間から次の生までの間に魂魄のたどる旅路,7週49日間の中有(中陰,バルド)の有様を描写して亡魂に正しい解脱の方向を指示するものであり,これを授ける儀式の方法も定められている。死の枕辺で授けられるばかりでなく,修行に励むものや信心の厚いものには生前にも授けられる。同種の文献は内容を少しずつ変えながらチベット仏教各派に伝えられる。カーギュパ派に伝えられる一本をエバンズ・ベンツW.Y.Evans-Wentzが英訳し(1927),また独訳本(1938)にはスイスの深層心理学者C.G.ユングが〈心理学的解説〉を付したことから欧米でも注目を集めた。
→死者の書
執筆者:川崎 信定
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報