バルマセダ(その他表記)José Manuel Balmaceda Fernandez

改訂新版 世界大百科事典 「バルマセダ」の意味・わかりやすい解説

バルマセダ
José Manuel Balmaceda Fernandez
生没年:1840-91

チリの政治家。サンチアゴ市生れ。1864年下院議員となり,自由主義的な進歩派として知られるようになった。86年大統領に当選。萌芽的なチリ民族資本の擁護と経済的独立を推進する立場から,金融・農業・鉱業・財政の整備,公共事業の推進など,大規模・広範な経済発展政策を実施し,イギリス系資本下の硝石産業の国有化も計画したが,自由主義的支配階級と確執が生じ,91年1月内乱が勃発。政権が打倒され直後の同年9月自殺。
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関連語 吉田

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バルマセダ」の意味・わかりやすい解説

バルマセダ
Balmaceda, José Manuel

[生]1840.7.19. サンチアゴ
[没]1891.9.19. サンチアゴ
チリの政治家。大統領 (在任 1886~91) 。自由党の指導者。 1870~78年国会議員。 78~81年アルゼンチン公使。 81~86年 D.サンタ・マリア内閣の閣僚。 86年大統領に選出される。選挙の自由,地方自治体の強化,公共事業や教育施設の拡充,整備など,進歩的諸改革を推進。しかし次第に独裁的になり議会と対立,91年ついに海軍と結んだ議会派と武力衝突,8ヵ月にわたる内乱の末敗れ,アルゼンチン公使館に亡命。3週間後大統領の任期最後の日の9月 19日自殺。

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