サンチアゴ(読み)さんちあご

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サンチアゴ」の意味・わかりやすい解説

サンチアゴ
Santiago

チリの首都。同国中部,太平洋岸から約 100km内陸にあり,西の海岸山脈,東のアンデス山脈,北のチャカブコ山脈に囲まれた高原に位置する。標高約 520m。地中海性の温暖な気候で,最暖月1月の平均気温 20.6℃,最寒月6月は 8.6℃。年降水量は 400mm以下で,おもに冬季 (5~9月) に降る。古くからインディオが住んでいた地に 1541年スペイン人によって町が建設され,この地方の行政中心地とされたが,植民地時代の発展は緩慢。 1818年のチリ独立に伴ってその首都とされてから本格的に発展し始め,硝石,銅,石炭などの豊かな鉱山業者や不在地主が市に移り住んで高級住宅街ができるとともに,中産階級の住宅地区もしだいに形成されていき,市域は南北および特に西に向かって広がっていった。 20世紀に入って発展はさらに急速に進み,周辺の町や村を次々と合併,農村部からの人口流入もあって人口が急増,現在チリ総人口の3分の1以上が集中する大都市となっており,他の諸都市との間に経済的にも文化的にも著しい格差が生じている。周辺の肥沃な農業地帯に産する穀物ブドウジャガイモ,豆類などの集散地であるとともに,全国の工業生産の約半分を生産する工業都市であり,食品,繊維,衣料皮革製品,化学,金属などの工業が立地する。市街はマポチョ川南岸,サンタルシアの丘の西にある旧市街を中心にゆがんだ星形に広がり,植民地時代の古い建築物もわずかに保存されているが,全体的に高層ビルの多い近代的な様相を示す。チリの文化中心地として,チリ大学 (1738サンフェリペ大学として創立,1843改組) ,チリ・カトリカ大学 (1888) ,国立工科大学 (1947) をはじめとする多数の高等教育機関,各種の図書館,博物館,劇場などがある。また南北に細長い国土のほぼ中間に位置し,文字どおりチリの交通中心地となっており,市から南北に幹線道路,鉄道が延び,また西の太平洋岸の港サンアントニオとバルパライソへも道路と鉄道が通じている。東はアンデスに妨げられるため,市から直接延びる道路としては山間の保養地へ通じる短い道路だけであるが,バルパライソからメンドサを経てブエノスアイレスへ通じるアンデス横断道路と連絡できる。北西郊にプダウエル国際空港があり,南西郊のロスセリヨス空港は現在国内線用に用いられている。人口 465万6690(2002)。

サンチアゴ
Santiago

正式名称はサンチアゴデロスカバイェロス Santiago de los Caballeros。西インド諸島中部,ドミニカ共和国北西部の都市。シバオ谷中部にあり,ヤケデルノルテ川にのぞむ。ドミニカ第2の都市で,1494年クリストファー・コロンブス (または 1495年その弟バルトロメ) により建設されたといわれる。 1562年地震で破壊されたあと数 km離れた現在地に移転,再建されたが,その後もしばしば地震や火災の被害を受けた。肥沃なシバオ谷の中心地で,たばこ,ラム酒,家具,医薬品,石鹸,皮革,食品などの工業が行われる。市内にはサンルイス要塞,サンチアゴエルマヨル大聖堂,カトリカマドゥレイマエストラ大学などがある。首都サントドミンゴの北西約 140kmにあり,道路で結ばれる。人口 30万 8400 (1986推計) 。

サンチアゴ
Santiago

パナマ中西部の都市。ベラグアス州の州都。アスエロ半島基部の太平洋岸低地に位置する。パナマ最古の集落の一つで,植民地時代に繁栄,当時の美しい建築物が多数残っている。現在周辺の農業地帯に産する米,コーヒー,トウモロコシ,家畜などの集散地。南のモンティホ湾岸に外港プエルトムティスがある。付近に金鉱がある。パンアメリカン・ハイウェーが通る。人口4万 3678 (1990推計) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「サンチアゴ」の意味・わかりやすい解説

サンチアゴ(ドミニカ共和国)
さんちあご

サンティアゴ(ドミニカ共和国)


サンチアゴ(チリ)
さんちあご

サンティアゴ(チリ)

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