日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビリリオ」の意味・わかりやすい解説
ビリリオ
びりりお
Paul Virilio
(1932― )
フランスの都市計画家、評論家。パリに生まれる。幼少期の第二次世界大戦中をナントで過ごす。パリの工芸学校に入学し、ソルボンヌ(パリ大学)の哲学等の講義も受講。その後アルジェリア戦争に召集される。1969年よりパリ建築学校(ESA:École Spéciale d'Architecture)の教授となり、やがて校長も務める。1987年には、設備・住宅、国土整備、運輸の3省より、彼のそれまでの著作活動全体に対して「建築批評国民大賞」を授与される。
1958年からノルマンディーを中心にバンカー(トーチカ)などの戦争建築の実地調査、研究を開始し、『バンカー・アルケオロジー』Bunker archéologie(1975)にまとめる。1977年には『速度と政治』Vitesse et politiqueを著わす。同書では、古代アッシリアの騎兵・戦車の疾駆やアテネの軍船の活躍でも知られているように、機動力つまり速度は、その領域を支配する政治権力と不可分である点を確認したうえで、その様態はもとより静止したシステムではなく、それ自体、伸縮可能な力を伝播(でんぱ)する走行領域と考えるべき点が強調されている。この著作にいち早く注目したのがドルーズとガタリであり、彼らの著作『千のプラトー』Mille plateaux(1980)の「遊牧論あるいは戦争機械」の章で『速度と政治』について再三論じている。またビリリオもドルーズとガタリの著作や活動に共感を示している。
ところで、このような軍事―速度力を可能にするのは、古来、物資の補給・輸送をつかさどる兵站(へいたん)術である。ところが第二次世界大戦後、核抑止力の時代になると、兵器の威力以上に、その潜在的配備力・開発力と情報操作のほうに戦略の重点が移る。したがって『戦争と映画』Guerre et cinéma(1984)では20世紀の映像と戦争の関係が分析され、映像情報の記録・解析・シミュレーションを行う「知覚の兵站術」が語られることになる。さらに『視覚機械』La machine de vision(1988)では、今日の日常世界に関しても、バーチャルな映像が事物に優先している点に着目し、肉眼で現に人や物を知覚する世界から離れて、画面の世界が第一義的となる事態を論じている。赤外線監視カメラから偵察衛星まで、監視体制が地上・空中に縦横にはりめぐらされ、そのなかで「拘禁の感情」が今後ますます強まるとビリリオは語る(『電脳世界』Cybermonde, la politique du pire(1996))。
光速度による情報の伝播の世界では、地理的距離の廃棄はもちろん、現地時間(ローカル・タイム)の消滅という事態も生じる。そこに君臨するのはリアル・タイムの「世界時間」である。これは世界の均一化、相対的「縮小」を意味するが、そのことは、人間の身体が移動体のなかで座席等に「不動化」することから推し量られるように、そのまま身体の自由、能力の相対的拡大を意味するとはいえない。むしろそのとき人間の身体的自由が拡張するというよりも、身体内部が広く開発、投資の対象となるのであり、ビリリオは臓器移植など、身体がバイオテクノロジーの大きな市場となる点や、無謀な「速度」を求めるオリンピックのドーピング問題にも警鐘を鳴らしている(『沈黙という手続き』La procédure silence(2000))。
ビリリオに関しては、ただ科学技術の進歩に対する批判だけであるとか、議論が極端にすぎるという評もあるが、テクノロジーの発展についてはその裏面が語られることが少ないので、あえてその批判的面を強調する役割を自分は担うとビリリオは語る。また不可視の潜在的戦争空間が視覚化されるケースである偶発的事故や人為的破壊に注目し、「起こること」と題して、建築家レベウス・ウッズLebbeus Woods(1940―2012)の『崩壊』という巨大なインスタレーションなど造形作家のオブジェや、2001年のアメリカ同時多発テロによるツインタワーの崩落など災禍・事故の映像作品の展示を企画し(2002~2003年、パリのカルチエ財団現代美術館)、災厄に対する芸術家の視点を取り入れて、従来のドキュメンタリーや科学的検証とは異なる提示、反省のしかたを試みている。
[本間邦雄 2015年6月17日]
『ポール・ヴィリリオ、シルヴェール・ロトランジェ著、細川周平訳『純粋戦争』(1987・ユー・ピー・ユー)』▽『石井直志他訳『戦争と映画』(1988・ユー・ピー・ユー/1999・平凡社)』▽『市田良彦訳『速度と政治』(1989・平凡社)』▽『本間邦雄訳『電脳世界』(1998・産業図書)』▽『ポール・ヴィリリオ著、丸岡高弘訳『ネガティヴ・ホライズン』(2003・産業図書)』▽『Bunker archéologie(1975, CCI, Paris)』▽『L'espace critique(1984, Christian Bourgois, Paris)』▽『La machine de vision(1988, Galilée, Paris)』▽『La procédure silence(2000, Galilée, Paris)』▽『「特集ヴィリリオ」(『現代思想』2002年1月号・青土社)』▽『ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ著、宇野邦一他訳『千のプラトー――資本主義と分裂症』(1994・河出書房新社/河出文庫)』