フィネガンズ・ウェーク(読み)ふぃねがんずうぇーく(英語表記)Finnegans Wake

日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィネガンズ・ウェーク」の意味・わかりやすい解説

フィネガンズ・ウェーク
ふぃねがんずうぇーく
Finnegans Wake

アイルランドの作家ジェームズ・ジョイスの長編小説。1939年刊。23年に着手し、翌年から「進行中の作品」の題で、『トランスアトランティック・レビュー』などの雑誌に分載。また一方、『アナ・リビア・プルーラベル』Anna Livia Plurabelle(1928)など5冊の冊子としても刊行された。ジョイスは全編を英語を中心に多国語を合成した新造語を用いて書き、ダブリン居酒屋(パブ)の主人H・C・イアリッカーの泥酔した一夜の夢のなかに、宇宙の創成、人類の失楽と再生の歴史を封じ込めようと試みている。このなかでは、言語の解体と再構成にあわせて、主人公のほか、妻のアナ・リビア、双子(ふたご)の息子シェムとショーンなどの登場人物が神話・伝説上の人物に変身するのみか、山、河など宇宙の森羅万象に変幻融合し、属性を互いに交換する。構造の枠組みとしては、イタリアの哲学者ビコ(ヴィーコ)の循環史観、ブルーノの宇宙哲学、アイルランドの彩色古文書『ケルズ書』のアラベスク様式などがあり、19世紀の直線状の歴史観に対する壮大な挑戦となっている。このことは、冒頭が小文字riverrunに始まり、末尾がtheでピリオドなしで終わるという書き方にも現れている。表題アイルランド民謡の『フィネガンの通夜』がいちおうの下敷きになっているが、「終わりふたたび」(Fin Again)など多様読み方があり、作品の多層な主題を支えている。

[出淵 博]

『柳瀬尚紀訳『フィネガンズ・ウェィク1・2、3・4』(1991,93・河出書房新社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フィネガンズ・ウェーク」の意味・わかりやすい解説

フィネガンズ・ウェーク
Finnegans Wake

アイルランドの小説家 J.ジョイスの小説。 1924年から断片的に発表されていたが,39年にこの題名のもとに刊行された。通夜 (ウェーク) の最中に死者フィネガンがウイスキーによって蘇生した,という古謡を下敷きにしたもので,ダブリンの居酒屋の主人 H.C.イアリッカーの一夜の夢を扱う。全体としては死と再生を扱った象徴的な小説であるが,新しい言語を創造するきわめて独創的な作品であり,20世紀における最も重要な,また最も難解な作品といわれている。

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世界大百科事典(旧版)内のフィネガンズ・ウェークの言及

【言語遊戯】より

…合理主義・写実主義を奉ずる近代文学は言語遊戯を排したが,そのさなかの19世紀中葉のイギリスに,L.キャロルが子ども向けノンセンスの装いのもとに言語遊戯の天才を発揮し,〈マザーグース〉などに連綿と存続していた伝統を復活した。20世紀に入ると,ダダやシュルレアリスムが日常的言語の破壊を敢行し,現代文学の極点ともいうべきJ.ジョイスの《フィネガンズ・ウェークFinnegans Wake》(1939)にいたって,文学は巨大で神話的な言語遊戯そのものと化した感がある。そこでは,物語は他のさまざまな物語を下敷きにし,言葉の裏には多くの外国語が隠されていて,意味は幾層もの広がりを示すのである。…

【ジョイス】より

…ホメロスの《オデュッセイア》を下敷きにして,1904年6月16日のダブリンを,スティーブンとブルーム夫妻の3人の意識を中心に描いたこの作品は,最近まではその超リアリズムが重要視されてきたが,現在では従来の小説のキャラクターの一貫性とか,視点の整合性といったものを破壊している〈小説否定〉の側面が注目されている。そしてこの延長上に書かれたのが,800ページに及ぶ大作《フィネガンズ・ウェーク》(1939)である。睡眠中の意識,夢の世界の小説とでもいうべきもので,語彙,文章ともに多義多層的な小説であり,前衛文学の極致といえる。…

【ノンセンス】より

…〈優美な屍が新しい酒を飲むだろう〉という文章ができあがり,以後この遊びは〈優美な屍cadavre exquis〉と呼ばれることになった。しかし現代文学が生んだ最大のノンセンス作品はジョイスの小説《フィネガンズ・ウェーク》(1939)であろう。ことば遊びを神話的次元にまで高め,〈現実〉の枠組みをまるごと組みかえてしまったこの奇作は,たしかに日常言語の常識からすれば〈ナンセンス〉あるいは〈狂気のたわごと〉にちがいない。…

※「フィネガンズ・ウェーク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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