日本大百科全書(ニッポニカ) 「ブリュローフ」の意味・わかりやすい解説
ブリュローフ
ぶりゅろーふ
Карл Павлович Брюллов/Karl Pavlovich Bryullov
(1799―1852)
ロシアの画家。木彫師の子としてサンクト・ペテルブルクに生まれ、サンクト・ペテルブルク美術アカデミーにおいてイワーノフAndrey Ivanovich Ivanov(1775―1848)およびエゴロフAlexei Yegorovich Yegorov(1776ころ―1851)に師事した。1823年から1835年までイタリアで研究、1835年に帰国してサンクト・ペテルブルク美術アカデミーの教授となったが、1850年にふたたびイタリアへ赴き、以来ローマ近郊のマンツィアーナで死去するまで制作した。代表作の一つ『ポンペイ最後の日』(1830~1833年。サンクト・ペテルブルク、ロシア美術館)は、ロシア美術史上でも記念すべき歴史画の大作である。そこには新しい人間への賛歌が読み取れる。また、肖像画にも優れた腕前を発揮して『クルイロフ』(1839)、『M・ランチー』(1851)、『自画像』(1848年。いずれもモスクワ、トレチャコフ美術館)などが有名。あふれるばかりの才能をもちながら、故国ロシアで制作できなかったことはブリュローフにとっての不幸であった。
[木村 浩]