日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
プライマリ・ヘルス・ケア
ぷらいまりへるすけあ
primary health care
科学技術の著しい進歩とともに医学・医療も目覚ましい発展を遂げ、かつては予想もできなかったような治療も可能となり、人々はその恩恵を受けているが、反面で現代医療の抱える種々の問題点が指摘されている。また、世界人口の約5分の4はこのように優れた医療を受けられないばかりか、飲料水や食糧さえ満足に得られない人々も少なくない。プライマリ・ヘルス・ケア(PHCと略す)とは、このような現状を踏まえて医療の原点に立ち戻り、社会正義の立場から今後の保健医療はいかにあるべきかを考え、それを実践しようとする理念と活動をいう。世界保健機関(WHO)は1978年にアルマ・アタ(現、アルマトイ)で開催された国際会議で、「2000年までにすべての人に健康を」とのアルマ・アタ宣言を採択し、実現のための戦略として、PHCの理念と定義を明確に示した。それによれば、PHCの条件として、(1)科学的で実際的な方法と技術の推進、(2)開発の程度に応じて可能な範囲内での費用負担、(3)住民の自主的参加、の三つが強調されている。
WHOのいうPHCが開発途上国を対象にしたものと受け取られやすいことから、日本には無縁であるとの誤解もあるが、たとえば、日本における他に類例のない高齢化および慢性疾患や傷害(交通外傷をはじめとする種々の受傷)の増加は、従来の狭義の診断・治療のみでは対応しえないものであり、今後は健康増進、疾病予防がきわめて重要な課題といえる。また、慢性障害者が社会に適応していくための管理・指導のほか、人間らしく死を迎えるための死の臨床(ターミナル・ケア)も、PHCの理念に基づいた対応が求められている。PHCの推進にあたっては、地域住民、保健医療担当者(医師のみでなく、あらゆる保健医療職が含まれる)および行政の三者が一体となって努力することが必要である。そこで、医学教育においても、卒前教育、卒後臨床研修、生涯学習の各段階で、上記視点にたった改善が、徐々にではあるが着実に進行されている。
[平野 寛]