日本大百科全書(ニッポニカ) 「やり投げ」の意味・わかりやすい解説
やり投げ
やりなげ
javelin throw
古代オリンピックからある陸上競技の投擲(とうてき)種目の一つ。投擲種目ではこの種目だけサークルを使わず、助走でスピードをつけて投げる。やりは、(1)頭部、(2)柄(え)、(3)紐(ひも)を巻いたグリップの3部分からなっており、柄は金属または類似の物質でつくられ、表面はくぼみなどがなく滑らかで、その先端には金属製穂先が固定されていなければならない。やりの重心の周りに紐を巻いて握り部分とするが、その直径は柄の直径より8ミリメートルを超えてはならない。やりの長さは男子用が2.6~2.7メートル、女子用は2.2~2.3メートルで、重さは男子用が最小800グラム、女子用が最小600グラムとなっている。
投げるときは、片手で握りの部分を握り、肩または投げるほうの腕の上で投げなければならない。振り回して投げてはいけない。1950年代にスペインの選手が円盤投げのようにターンをして投げ、100メートル近い記録を出したことがあったが、この投げ方は距離が出るうえに、スタジアムのどこへ飛ぶかわからず危険なため禁止された。競技者はやりが落下するまでは助走路を離れてはならず、投げ終わってもスターティングライン(投擲ライン)の後ろから出ないと失格となる。助走路は最短30メートルとし、2本の白線でつくられた28.96度の角度の範囲内に落ちたやりだけが有効試技で、ライン上は無効となる。落下の際、やりの頭部より先に、他の部分が地面に落ちたときも無効となる。8人を超える競技者が参加する場合は、各3回の試技のあと、ベスト8を選び、さらに成績の低い順から3回投擲を行い、計6回のベスト記録で順位を決める。同記録の場合は、6回のうちの2番目の記録を比べ合ってよいほうを上位とする。これで決まらなければ3番目、4番目と順を追って比べ合う。それでも決まらないときは同順位とする。距離は1センチメートル単位で記録し、端数は切り捨てる。参加選手が多数のときは予選を行う。
投擲のなかではもっとも遠距離に飛ぶ種目であり、1984年には男子の世界記録が104メートル80センチに達した。これでは通常の競技場ではフィールドを突き抜けてトラックの走路まで達する危険性が出たため、国際陸上競技連盟(現在のワールドアスレティックス(世界陸連))は1986年5月から男子用のやりの重心の位置を従来より4センチメートルだけ先端方向に移すルール改正をした。これによってやりの落下が早まり、飛距離は大きく減少した。しかし、それでも2020年1月時点の男子の世界記録はヤン・ゼレズニーJan Železný(チェコ。1966― )の98メートル48センチ(1996年)にまで伸びており、やりの重さを変えるなど新しい対策が必要になっている。女子も1999年からやりの規格が変更され、世界記録はバルボラ・シュポタコバBarbora Špotáková(チェコ。1981― )の72メートル28センチ(2008年)になっている。オリンピックでは、男子は1908年のロンドン大会から、女子は1932年のロサンゼルス大会から正式種目となった。
パラ陸上(障害者陸上競技)の座位競技者は、やり投げ用助走路は使用せず、直径2.135メートル~2.5メートルのサークル内に設置した投擲台から34.92度の範囲内にやりを投げる。投擲台は各辺30センチメートル以上の四角形で高さは75センチメートル以内。投げるときに体が浮かないようにベルトなどで固定し、上半身だけで投げる。尻(しり)が浮くと試技は無効となる。投擲台には握り棒を取り付けてもよい。パラリンピックでは、1960年のローマ大会から男女ともに実施された。似たような種目では、握力がなく、やりが握れない選手(重度の脳原性麻痺(まひ)競技者と頸椎(けいつい)損傷競技者のF31、F32、F51クラス)を対象に、ボウリングのピンのようなものを投げる「こん棒投げ」がある。
[加藤博夫・中西利夫 2020年2月17日]