ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラブリオーラ」の意味・わかりやすい解説
ラブリオーラ
Labriola, Antonio
[没]1904.2.12. ローマ
イタリアのマルクス主義哲学者。ローマ大学でヘーゲル学派の哲学者 B.スパベンタにつき,1874年以後同大学哲学教授。初め,当時の哲学界の主潮であったヘーゲル哲学,実証主義哲学を講じていたが,1889年以降マルクス主義に立つ歴史哲学を教授。エンゲルスなどとの文通によってイタリアにおける最初の正統的マルクス主義者となり,世紀の変わり目のイタリア哲学界を指導した。弟子には G.ソレル,クローチェなどがいたが,最後には彼らのマルクス理解を観念論によって水割りする修正主義として批判した。クローチェ以後のグラムシ,トリアッチなどに与えた影響は大きい。
ラブリオーラ
Labriola, Arturo
[没]1959.6.23. ナポリ
イタリアの経済学者,社会運動家。経済学を学んだのち,生地ナポリで革命的サンディカリズムの運動を起し,社会党内で改良派との主導権争いを演じた。これに敗れた 1906年以降は主として著作活動にあたり,11年にイタリア=トルコ戦争支持を表明し,第1次世界大戦でも参戦主義を表明した。大戦後の 20~21年 G.ジョリッティ内閣の労相をつとめ,ファシズムが権力を握ったあと 27年にフランスに亡命。 36年帰国したが政治活動からは遠ざかり,ファシズム崩壊後に制憲議会に選ばれ,次いで上院議員となった。晩年は共産党に近づいてナポリの市政改革に尽した。
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