日本大百科全書(ニッポニカ) 「リンチ症候群」の意味・わかりやすい解説
リンチ症候群
りんちしょうこうぐん
Lynch syndrome
代表的な遺伝性大腸がんの一つ。患者の家系内に大腸がん、子宮内膜がん(子宮体がん)など、さまざまな悪性腫瘍(しゅよう)が発生する常染色体顕性遺伝性の疾患である。
1966年にアメリカの医師リンチHenry Lynch(1928―2019)らが、大腸がんや子宮内膜がんが多発する複数の家系を初めて報告した。その後、「遺伝性非ポリポーシス大腸がん」とよばれることもあったが、現在では「リンチ症候群」の呼称が用いられている。
おもな原因は、DNA複製の際に生じた異常を修復する働きをもつミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列変異である。生殖細胞系列変異とは、精子または卵子を経由して受け継がれる変異のことで、受精卵の時点で変異が存在するため、全身のすべての細胞にある遺伝子がその変異を受け継いでいることになる。
一般の大腸がんに比べ若年で発症し、多発性(同時性、異時性)で、右側結腸に好発し、低分化腺(せん)がんの頻度が高い。大腸がん以外に、子宮内膜がんをはじめとして、卵巣がん、胃がん、小腸がん、胆道がん、膵(すい)がん、腎盂(じんう)・尿管がん、脳腫瘍、皮膚腫瘍などさまざまな悪性腫瘍が発生する。しかしながら、リンチ症候群の場合、遺伝子変異保有者に関連腫瘍がかならず発生するとは限らない。また、全大腸がんの2~4%を占めると推定されているが、日本の全人口における頻度は不明である。
診断は、まず一次スクリーニングとして、家族歴や年齢、関連する腫瘍や病理組織像においてリンチ症候群が疑われる場合に、アムステルダム基準Ⅱまたは改訂ベセスタガイドラインの項目を満たしているか確認される。これらの項目には、50歳未満での診断、リンチ症候群関連腫瘍の有無、家族歴などがあげられている。該当する場合は二次スクリーニングとして、腫瘍組織のマイクロサテライト不安定性(MSI)検査が行われる。ミスマッチ修復機構に異常がある腫瘍細胞は、ゲノムのなかに存在する1~数塩基の繰り返し配列であるマイクロサテライトが、正常細胞とは異なる反復回数を示すことがある。この現象をMSIとよぶが、リンチ症候群の腫瘍組織では、高頻度のMSIを認めることが多い。このほか二次スクリーニングとして、免疫組織学的検査を行い、ミスマッチ修復タンパクの消失を確認する場合もある。確定診断は、血液を用いて、ミスマッチ修復遺伝子の遺伝子検査を行う。遺伝子検査の前後には、遺伝カウンセリングが行われる。
リンチ症候群を背景とする大腸がんの治療法は、大腸切除である。予防的大腸切除の有用性については、コンセンサス(専門家間の合意)が得られていない。大腸以外の関連腫瘍についても、一般的な腫瘍と同等の治療が行われる。大腸がん術後は、異時性多発がんの発生に留意し、生涯にわたって定期的に大腸内視鏡検査を受けることが勧められる。ほかの関連腫瘍に対しても、定期的なサーベイランス(早期発見のための継続的な検査)が行われる。
大腸がんの家族歴(とくに複数)がある場合、家族歴からリンチ症候群が疑われる場合には、遺伝子検査が行われるが、その検査前後には医師や遺伝医療の専門家によるカウンセリングにより、情報提供や心理・社会的支援がなされることが必要である。遺伝カウンセリングは患者本人のほか、家族(血縁者)も受けることが望ましい。
[渡邊清高 2019年8月20日]
『大腸癌研究会編『遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2016年版』(2016・金原出版)』