ロシア生まれのアメリカの微生物学者。キエフ(現、キーウ)近くのプリルカで7月22日に生まれる。1910年アメリカに渡り、ラトガース大学を卒業。1916年市民権を得、カリフォルニア大学で学位をとり母校に戻り、1930年教授になる。この間ニュー・ジャージー州立農事試験場で土壌の微生物学的な生化学の研究を行った。1930~1942年にはウッズ・ホール海洋研究所に海洋微生物学者として勤務。1939年以降、土壌中の微生物が生産する細菌発育抑制物質の研究に入り、放線菌ストレプトミセス・グリゼウスからストレプトマイシンを1944年に発見。この物質は結核菌その他の病原菌に対して強い抗菌作用をもち、感染症治療上きわめて有効な物質であり、この研究に対して1952年にノーベル医学生理学賞が授与された。1949年にラトガース微生物学研究所を設立、1958年に退任するまで所長であった。1973年8月16日死去。なお抗生物質antibioticsという語は彼がつくったものである。
[宇佐美正一郎]
日本の株式の水準を示す、東京証券取引所第1部225銘柄の平均株価。単位は円。構成銘柄は時価総額の分布の変化などにより、適宜入れ替えられている。現在の形になったのは1985年5月からである。ダウ・ジョー...