翻訳|streptomycin
最初に単離された抗結核性抗生物質。1944年,アメリカのワクスマンらによって,アメリカ,ニュージャージー州で得た放線菌Streptomyces griseusの培養液から単離された。ストレプトマイシンの発見により,ペニシリンやサルファ剤が作用しがたいグラム陰性杆菌を含む広範囲の細菌感染症が治癒し,とくに,それまで不治の病として恐れられていた結核が治るようになって,人類に大きな福音をもたらした。また,放線菌を中心に新しい抗生物質を探索する,その後の抗生物質発展の端緒ともなった。事実,ストレプトマイシン以後に発見された抗生物質の大部分は,放線菌から得られている。ワクスマンはストレプトマイシンの発見により,53年ノーベル生理・医学賞を受賞した。
化学構造は,ストレプティジンstreptidine,ストレプトースstreptose,メチルグルコサミンmethylglucosamineの3部分から成り,アミノ配糖体抗生物質に属する。現在は硫酸塩C21H39N7O12・11/2H2SO4として用いられ,日本薬局方名は硫酸ストレプトマイシン。かつてはストレプトマイシンのストレプトースの部分を還元したジヒドロストレプトマイシンも作られ,ストレプトマイシンの前庭神経障害とジヒドロストレプトマイシンの聴覚神経障害を半減する目的で,両者の硫酸塩を1対1の比で混合した複合ストレプトマイシンも製造された。しかし,聴覚障害の副作用のため臨床的にはジヒドロストレプトマイシンは用いられなくなり,硫酸ストレプトマイシンが広く使用されることとなった。
硫酸ストレプトマイシンは,白色の結晶性粉末で,融点200~230℃。水によく溶け,水溶液の状態で著しく安定である。
グラム陽性菌,グラム陰性菌,抗酸菌(結核菌など),レプトスピラに作用し,作用は殺菌的である。作用機序として,細菌のリボソームに結合して,そのタンパク質合成を阻害することが一次作用点であると考えられている。しかし動物細胞のリボソームには作用しないので,選択毒性の高い薬といえる。適応症は,結核,野兎病,ワイル病,連鎖球菌,ブドウ球菌,グラム陰性杆菌(インフルエンザ菌,大腸菌,肺炎杆菌,緑膿菌など),細菌性赤痢などの感染症,手術後の感染予防などである。内服では胃腸管からほとんど吸収されないので,経口投与は腸管感染症に限られる。ふつう筋肉注射で用いられ,このときよく吸収され,体内に分布し,主として尿中にそのままの形で排出される。結核に対しては,一次結核薬として,ふつうパラアミノサリチル酸(パス)とイソニアジドと併用する。副作用は一般に少なく,軽微であるが,結核などの長期投与では,第8脳神経(内耳神経)を障害し,めまい,耳鳴り,難聴をきたすことがある。この種の難聴はきわめて治りにくい場合があり,日本でも一時期ストレプトマイシン難聴(ストマイつんぼ)が問題化した。耳鳴りなどの前兆に注意すべきである。副作用としては,このほか腎障害もある。耐性菌が出やすいので,他の化学療法剤と併用されることが多い。耐性菌の細胞内では,伝達性プラスミドによってリン酸化酵素やアデニル化酵素が産生され,ストレプトマイシンを不活性化することが知られている。これらの研究から,不活性化酵素の作用を受けにくい新しいアミノ配糖体抗生物質が開発され,カナマイシン,ジベカシン,ネオマイシン,ゲンタマイシン,アミカシンその他多数のアミノ配糖体抗生物質が臨床的に用いられている。
→抗生物質
執筆者:鈴木 日出夫
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抗生物質の一つで、抗結核剤。1944年にアメリカの微生物学者ワックスマンが、放線菌であるストレプトミセス・グリゼウスStreptomyces griseusの培養液から抽出した、結核菌に有効なアミノ糖系抗生物質である。硫酸ストレプトマイシンとして使用されている。本剤の発見により結核の死亡率が激減した。パス(PAS、パラアミノサリチル酸)、イソニアジドisoniazidとともに三大抗結核剤として長い間使用されたが、耐性菌の出現と、副作用として難聴が多くみられるようになったこと、またショックもおこることから、新しい抗結核剤へと治療法が移り、使用量は激減している。注射のみで適用され、内服では吸収されない。
[幸保文治]
C21H39N7O12(581.57).Streptomyces griseusが産生するアミノ配糖体抗生物質.ペニシリンについで臨床応用された第2番目の抗生物質.硫酸塩は白色から淡黄白色の粉末.硫酸塩は分解点約230 ℃.-79.5°(水).28 ℃ で水に20 mg mL-1 以上,メタノールに0.85 mg mL-1 溶ける.ペニシリンが効かないグラム陰性菌と結核菌に強い阻止活性をもつため,よく使用された.現在の結核治療は多剤を使用するが,ストレプトマイシンは第一選択薬の一つとして筋肉注射で使われる.細菌のリボソームの30Sおよび50Sの両サブユニットに結合して,タンパク質合成を阻害する.LD50 600~1250 mg/kg(マウス,皮下注).[CAS 57-92-1][CAS 3810-74-0:1.5硫酸塩]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…一方,このころ土壌微生物間の拮抗現象(生存競争)の研究に従事していたアメリカのS.A.ワクスマンは,ペニシリン発見の報にも刺激され,土壌放線菌の代謝産物を材料として化学療法剤の開発研究を開始した。44年,結核菌を含めた広い範囲の細菌種に有効なストレプトマイシンが発見された。抗生物質antibioticsと呼ばれることになったこれら微生物由来の抗菌物質は,その後主として大きな製薬会社の手に移って開発がすすめられ,クロラムフェニコール,クロルテトラサイクリン,オキシテトラサイクリン,エリスロマイシンをはじめとして数多くの有効物質が発見されることになった。…
…したがって,抗生物質という言葉も物質も比較的新しいものである。40年以降,ストレプトマイシン,クロラムフェニコール,テトラサイクリンなどのすぐれた抗菌力をもつ抗生物質がつぎつぎに発見され,細菌感染症の治療は飛躍的に進歩した。その後のたゆまぬ新抗生物質の発見とその改良により,不感受性菌や耐性菌の問題もほとんど克服され,長い間恐れられてきた種々の伝染病(結核,赤痢,腸チフスなど)の重圧から人類は解放された。…
…音の強さに対する放電数の変化もいちばん多いと思われる。 他方,聴覚障害を生ずる著明なものは結核の特効薬ストレプトマイシン類である。これらの薬物は,有毛細胞の毛の運動に必要な微量のカルシウムイオンCa2+や毛に含まれているリン脂質とよく結合してその作用を妨げることが,日本における研究によって明らかとなった。…
…それは有力な肺結核の治療薬が出現しないためでもあった。 しかし,44年に至ってアメリカのS.A.ワクスマンが,土壌の中の放線菌の1種から抗生物質であるストレプトマイシンを発見し,結核化学療法の輝かしい第一歩をふみだした。同年,パラアミノサリチル酸(パス,PAS)が人体に用いられ,46年スウェーデンのO.レーマンによって,その臨床効果が発表された。…
…アメリカの細菌学者。ストレプトマイシンの発見者として有名。ウクライナのプリルカに生まれ,オデッサで学んだが,1910年アメリカに渡り,ラトガーズ大学に入学,卒業後の16年にアメリカに帰化した。…
※「ストレプトマイシン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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