アコンチ(読み)あこんち(英語表記)Vito Acconci

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アコンチ」の意味・わかりやすい解説

アコンチ
あこんち
Vito Acconci
(1940― )

アメリカの美術家。映像、パフォーマンス彫刻、そして建築に付随する環境彫刻とその活動領域は多岐にわたるが、もっともよく知られているのは1960年代から1970年代にかけて発表された、自身の身体を使ったパフォーマンス作品だろう。ニューヨーク市ブロンクスのイタリア系アメリカ人家庭に生まれる。アイオワ大学ではじめは英文学を専攻し、アラン・ロブ・グリエやサミュエル・ベケットに傾倒する。1964年芸術修士号を取得。1960年代後半に芸術家としての活動を始めるが、最初詩作からスタートした。

 1969年ロード・アイランド州のデザイン学校に入学。このころ活動も詩作から視覚芸術表現に移行する。といってもそれは、たとえば同年の作品『つまさき・接触』のように、カメラをもった手を頭のうえに置いて撮った写真と、身をかがめて自身のつま先に触れたときに撮った写真を並置するといった、自身によるほとんど無意味な行為に即して撮影した写真を提示するものだった。ある行為はほかのなにものでもなくただその行為であるという、自己言及的な構造をもったその作品は、同時期に起こりつつあったコンセプチュアル・アートと同じ関心を共有している。またなんの有意義な結果にも結実しない不毛な行為への没頭は、ベケット作品の登場人物を思わせる。

 1970年代に入ってまもなく作品に変化が訪れる。自身の身体を媒体とする点に変化はないが、性的なモチーフが繰り返し登場するようになる。たとえば1971年の映像作品『転換Ⅱ(固執適応、地ならし、誇示)』では、自身の男性器を股間に挟んで隠した全裸の作者自身が登場する。女性への一時的な性「転換」というわけだが、男性器がぶら下がってしまわないよう懸命に内股を閉じながら歩いたり飛び跳ねたりする様子は、映写されるのがどう見ても男性の姿でしかないだけにユーモラスである。

 またこのころから、アコンチの作品は自分以外の人間を積極的に巻き込むことにもなる。1970年の映像作品『塗布』では、たっぷりと口紅を付けた女性が彼の身体の前半分に口づけをくりかえしてゆく。そして最後に口紅がべったり塗られた自分の身体を、こんどは別の男性(デニス・オッペンハイムDennis Oppenheim、1938―2011)になすりつけるのである。さらに観客を巻き込む作品も現れる。たとえば同年のパフォーマンス作品『接近』は、アコンチ本人が自分の展覧会場を訪れた見ず知らずの観客の背後に静かにつきまとう、というものだった。

 そして、「性的なものへの関心」と「他者を巻き込むこと」という二つの傾向が結晶した作品が、1972年の画廊でのパフォーマンス作品『苗床』だろう。会場全体を占めるよう設置された傾斜した台の下に潜み、上を歩く観客の足音に耳を傾けながらマスターベーションに耽る(観客にはスピーカーを通じてそのアコンチのうめき声だけが届く)というこのパフォーマンスは、同時代のボディ・アート(アーティストの身体そのものを素材として使う美術)を代表する作品の一つとなった。

 たとえばマスターベーションのようなきわめて私的なことがらに属するものと、不特定多数の観客のような公的なことがらに属するもの、その二つをユーモアを交えながら同じ空間に併存させるというアコンチの着想は、1970年代後半以降の映像作品、また環境彫刻作品にも共通している。日本ではその一例を、東京・渋谷のマークシティ・プラザ道玄坂口(2000)に見ることができる。歩行者の頭上を無数の青い結晶体が飛びかうようなその作品は、通路という公共空間を同時に自分一人だけが迷い込んだ迷路のようにも見せている。

[林 卓行]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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