翻訳|Alabama
アメリカ合衆国南部の州。略称Ala.。連邦加入1819年,22番目。面積13万1426km2,人口477万9736(2010)。州都はモンゴメリー,最大都市はバーミングハム。州名はチョクトー・インディアンの言葉alba ayamule(茂みを切り開く)に由来するといわれる。1783年イギリス領よりアメリカ領へ,南西端海岸部は1813年スペインよりアメリカ領となった。南北に長い州で,北半部はアパラチア山脈南西麓の丘陵や台地が広がり,南半部は平たんな海岸平野で,南西端部のモービル湾でメキシコ湾に臨む。州の大半はアラバマ川流域であるが,北端部にはテネシー川,東端部にはチャタフーチー川が流れる。湿潤温暖気候で,松などの森林が広くみられる。南部の中心に位置するため〈ディクシーの心臓部Heart of Dixie〉と呼ばれ,モンゴメリーは南北戦争時にアメリカ南部連合の最初の首都となった。〈コットン・ステート〉とも呼ばれるように,古くから綿花地帯として知られたが,近年綿花栽培が大幅に減少し,代わって大豆,トウモロコシ,ラッカセイなどの作物や牛,豚,鶏の飼育が増加し,農業の多角化が進んでいる。都市部では工業化が進み,特にバーミングハムは近郊で産する鉄鉱石と石炭を利用した製鉄の町として知られ,またハンツビルにはNASA関係の施設が集中している。その他石炭,天然ガス,鉄鉱石,石油,石灰石,石材の産出も多い。他の南部諸州と同様,黒人比率の高い州(26.3%,1980)として知られ,1950年代にはキング牧師を中心に公民権運動が展開され,バス・ボイコット(1955-56)や〈自由のための行進〉(1965)などによって,人種差別の改善がはかられてきた。
執筆者:正井 泰夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
アメリカ合衆国、南東部の州。面積13万3667平方キロメートル、人口444万7100(2000)。北はテネシー州と、東はジョージア州と、南はフロリダ州およびメキシコ湾と、西はミシシッピ州と、それぞれ接する。州都はモントゴメリー。最大の都市はバーミングハム、主要港はモービール。州の北部はアパラチア山脈の延長部分にあたり、山地と丘陵地からなるが、南部は海岸平野である。テネシー川が北部をほぼ東西に流れ、アラバマ川とトムビグビー川が海岸平野を流れてメキシコ湾に注ぐ。海岸平野にはケスタ地形が発達している。かつての綿花地帯であったブラックベルトは、このケスタ地形の凹地の部分にあたり、黒い肥沃(ひよく)な土壌のためにそうよばれた。バーミングハムの1月の平均気温は6.7℃、7月の平均気温は26.7℃、年降水量は1349ミリメートルである。
かつての重要な農産物であった綿花の生産は低下し、現在では畜産の生産額が農業生産額の約3分の2を占める。畜産は肉牛と養鶏が中心で、作物は大豆、ピーナッツと、テネシー河谷の綿花である。工業生産額も増加しており、テネシー川の流れる北部地域は、テネシー河谷開発公社(TVA)の電力供給によって工業地域が形成されている。石油、石炭、鉄鉱石が採掘されるほか、化学製品、鉄鋼、織物、紙製品、食品加工などの工業がある。
スペインの探検家たちがこの地に到達した1500年代には、先住民(アメリカ・インディアン)の四つの集団(クリーク、チェロキー、チョクトウ、チッカソウ)が農耕を行っていた。1702年にフランス人がモービール湾に最初の定住地を建設。1763年にイギリス領となり、1783年に合衆国領となった。東部に住んでいたクリーク人は、1814年のホースシュー・ベンドの戦いで敗れ、オクラホマに追いやられた。1819年にアメリカ合衆国22番目の州となった。
[菅野峰明]
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