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アンテミウス Anthemius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アンテミウス
Anthemius

[生]?
[没]472
西ローマ皇帝 (在位 467~472) 。ビザンチン皇帝マルキアヌスの女婿。マルキアヌスの後継皇帝レオ1世によって西ローマ帝位につけられたが,西ローマの実力者 F.リキメルによって娘アリピアとの結婚を条件に登位を承認された。即位後,ギリシア人で哲学者であったため,異教復活の疑いをかけられ,さらに対バンダル人遠征の失敗によって,リキメルと対立して敗れ,殺された。

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世界大百科事典 第2版の解説

アンテミウス【Anthemius】

?‐414?
ローマ帝国東部の官職貴族。帝室財産管理官,書記官長を務め,405年コンスル就任,406年パトリキウス称号を得る。アルカディウス帝治世の晩年および幼少のテオドシウス2世即位後6年間(408‐414)オリエンス道長官として東ローマ政府の実権を掌握。反ゲルマン主義者で,コンスタンティノープル市壁の増築(413)など,東ローマの防衛力強化に貢献した。西帝アンテミウスの母方の祖父。【後藤 篤子】

アンテミウス【Anthemius】

?‐472
ローマ帝国西帝。在位467‐472年。コンスタンティノープルの名門貴族で東帝マルキアヌスの女婿。西の帝国で実権を握っていたリキメルからの対バンダル戦援助要請にこたえる見返りとして,東帝レオが西帝位に推挙。リキメルの勢力を抑えることに苦心し,娘をリキメルに嫁がせる一方で,彼に対抗する勢力基盤を求めてガリア貴族層に接近したが,472年にはリキメルとの対立がついに内乱にまで発展。5ヵ月に及ぶ内乱の後,ローマ市でリキメル軍に殺害された。

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世界大百科事典内のアンテミウスの言及

【ローマ】より

…ペトロニウス・マクシムス(在位455),アウィトゥス(在位455‐456),マヨリアヌス(在位457‐461),リビウス・セウェルス(在位461‐465)と皇帝は続いたが,政治の実権は456年秋以後,スエビ出身の軍人リキメルが掌握して,リビウス・セウェルスの死後18ヵ月皇帝の空位期間が続いた。次のアンテミウス(在位467‐472)は東帝から送り込まれた皇帝であるが,リキメルと対立して殺され,リキメルもその6週間後に死んだ。次の皇帝ネポス(在位474‐475)も東から送り込まれたが,彼も将軍オレステスに追い出され,オレステスは息子ロムルス・アウグストゥルスを帝位に就けた。…

※「アンテミウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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