デンマークの作家。デンマーク語ではアナセン。貧しいが空想にふける少年時代を生地オーゼンセで過ごし,演劇への情熱に駆られ14歳でコペンハーゲンへ出る。端役として王立劇場へ出たりもしたが,そこへ送った戯曲で基礎教育が必要と判断され,人々の好意を受けて学校へ入る。死の前年まで校長の夢に悩まされるほどエルシノアでの学生生活は苦しかったが,《臨終の子》(1827)などの詩作が始まる。《デンマークにわれ生を受く》は全国民に愛唱されている彼の詩の一つである。25歳のとき,学友の姉と初恋を経験し,愛の詩が生まれ,思い出は童話に生かされる。男性としての魅力に欠けていたためか,その後の恋も実らず失恋の悲しみのみを味わい,生涯一人暮しを余儀なくされる。外国旅行で心の傷はいくぶんいやされ,そのつど集められた精神的エネルギーは激しい創作意欲をたぎらせた。イタリア旅行(1833-34)の後,抒情性豊かな小説《即興詩人》(1835)が生まれ,一躍出世への道が開けた。《O.T.》(1836),《ただのバイオリン弾き》(1838)といった自伝的色彩の濃い小説が続くが,男女の細かい心理描写などは得意でなかったようである。一方,外国旅行はすぐれた紀行文を書かせ,中でもドイツ,イタリア経由イスタンブールへの旅から《詩人のバザー》(1842)が生まれ,最も高い評価を受けている。《スウェーデンにて》(1851)やその他の作品も彼が天才的なレポーターであることを示している。戯曲の執筆も続けられたが,時の名優が主役を演じた《混血児》(1840)が成功したくらいのものである。だが自叙伝は自伝文学の古典とみなされている。《わが生涯の物語》(1855)などがあり,生い立ち,恋愛経験,成功への各段階をはじめ数多い友人関係や同時代のヨーロッパの著名な作家,芸術家との出会いなどが,多少の創作的要素もまじえながら綴られている。
彼の名を永遠にしたのはその童話作品の数々である。ロマン主義という時代的背景があったとはいえ,この新しい文学ジャンルにおいて彼の人生観と非凡な才能が結晶して最も美しい華を咲かせている。同時代の文芸評論家G.ブランデスは〈ホ・セ・(H.C.のデンマークよみ)アナセンがデンマークの子どもを発見した〉と言っている。詩情豊かで幻想的な内容に加えて,口語を織り込んだ新しい文体は後続の作家たちに大きな影響を与え,デンマーク語に新鮮な息吹を吹き込んだ。童話の多くは慣用句となってデンマークの日常生活に溶けこんでいる。
このほか《絵のない絵本》(1840)のような軽いタッチの小品集も見のがせない。日記や書簡集も世に出た現在,死後100年以上を経過してなお,人間アンデルセンの研究はますます盛んである。彼はまた紙の切絵や花束つくりの名手でもあった。
執筆者:岡田 令子
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1805~75
アナセンともいう。デンマークの作家。文学好きの貧しい靴職人の子に生まれ,イタリア旅行の印象をもとに小説『即興詩人』を書いて世に出,あいついで童話集を出版,『醜いあひるの子』など多くの芸術的童話を書いた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…1966年デンマーク第3番目の大学オーゼンセ大学が開校され,フューン島の文化的中心地でもある。童話作家アンデルセンの生誕地。【村井 誠人】。…
…ほぼ1世紀にわたる訓育主義の跋扈(ばつこ)の後に様相は一変する。フランスの文化的優位に対する反発から始まるドイツ・ロマン主義の動きは,自国の土と血に根ざしたものの探求に向かい,そこからC.ブレンターノらの童歌(わらべうた)の収集と,グリム兄弟の《子どもと家庭のための昔話集(グリム童話)》(第1巻1812)が生まれ,つづいて,デンマークでは昔話に美しい空想の翼をあたえたH.C.アンデルセンの《童話集(アンデルセン童話)》,さらにはノルウェーのアスビョルンセンP.C.AsbjørnsenとムーJ.Moeによる民話の収集(1837~44)が現れるのである。以下,各国の歴史をたどる。…
…デンマークの作家アンデルセンが1833‐34年のイタリア旅行中,その芸術と風景にふれ,情熱と詩情をかき立てられて筆を起こし,帰国してからまとめ上げた小説。1835年刊。…
※「アンデルセン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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