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イフラバ Jihlava

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イフラバ
Jihlava

ドイツ語では Iglau。チェコ東部,モラバ (モラビア) 地方西部の都市。ブルノの西北西約 75km,チェスコモラフスカ高地 (モラビア高地) の中央に位置し,ディエ川の支流のイフラバ川にのぞむ。機械,繊維,食品,たばこ,木材加工の諸工業が盛ん。町は 12世紀から商業都市として発達,13世紀には銀山の町として栄え,14世紀には貨幣鋳造所もおかれた。 16世紀には大地震のため銀山は廃山となり,町も衰退したが,ゴシック様式の聖ヤコブ聖堂,バロック様式の聖イグナチウス聖堂などの歴史的建築物に,盛時の面影が残されている。プラハ,ウィーンを結ぶ道路上にあり,交通の要地。人口5万 2291 (1991推計) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イフラバ
いふらば
Jihlava

チェコのモラビア地方にある都市。ボヘミア地方との境界に近く、チェコモラバ高地の中心に位置し、イフラバ川沿いにある。ドイツ語名イグラウIglau。人口5万0958(2001)。機械、木材加工、家具、皮革の各工業がある。13、14世紀に銀鉱山で発展し、1436年、当地でフス派の議会側と公会議側が、フス派の要求を限定的に認めるバーゼル公会議の協約草案に基づいて、和解の協約「コンパクタータ」を宣言した。この結果、神聖ローマ帝国皇帝ジギスムントはボヘミア王に認められ、フス戦争が終結した。16世紀には銀鉱山に変わって、織物の手工業や羊毛の交易で栄えた。第二次世界大戦前に半数を占めたドイツ系住民は戦後、強制移住させられた。長い歴史を反映し、広場や市庁舎、聖イグナーツ教会をはじめとする、ゴシック期からバロック期までの多くの歴史的建造物が残されている。[中田瑞穂]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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