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イリュリア運動 イリュリアうんどう

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世界大百科事典 第2版の解説

イリュリアうんどう【イリュリア運動】

ユーゴスラビア,クロアチア人の間で行われた1830,40年代の民族主義運動,民族再生運動。当時南スラブ人イリュリア人の後裔と考えられていたため,この名が用いられた。封建時代から資本主義時代への移行期における商業の隆盛と,インテリゲンチャの増大が背景として考えられるが,運動の発生をうながしたのはフランス革命が広めた諸理念と,スロバキア人J.コラールシャファーリクなどが唱えていたパン・スラブ主義である。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のイリュリア運動の言及

【スラブ人】より

…しかし,ヨーロッパ諸国民が国民文化を謳歌したロマン主義の時代を迎えると,スラブ人は言語と民族の同一性の自覚に目覚め,言語と文学の復興を基盤とする再生運動(ルネサンス)を展開した。スラブ・ロマン主義運動は,南スラブにおいてはスラブ諸族の連帯意識のもとに〈イリュリア運動〉として推進されたが,そのような運動は,ロシアを盟主とする政治的理念としてのパン・スラブ主義と結びついた。スラブ人の民族的再統合,国家建設への志向は,パン・スラブ主義の政治的具現である露土戦争(1877‐78)によって拍車がかけられた。…

【ユーゴスラビア】より

…15世紀以降はオスマン帝国やオーストリア・ハンガリーの支配下に入り,やがてこれらの支配からの解放,南スラブ族の独立・統一を目ざす民族運動が強まり,これが現在のユーゴスラビア国家を形成する基礎となった。
[南スラブ統一国家の形成]
南スラブ諸族を結集した統一国家をつくろうという運動(ユーゴスラビア主義,イリュリア運動)は19世紀以来さまざまな形で存在した。とくに20世紀に入ってからは,すでにオスマン帝国の支配からの独立を達成していたセルビア王国の興隆に刺激されて活気をみせていたが,当時クロアチア人とスロベニア人(およびセルビア人の一部)は依然強大な(と思われていた)オーストリア・ハンガリー二重帝国の支配下にあり,南スラブ統一国家の形成は夢物語にすぎなかった。…

※「イリュリア運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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