ユダヤ系オーストリア人の作家。チェコの首都プラハの富裕な家庭に生まれ、幸福な少年期を送る。ドイツ語教育を受け、学生時代からカフカ、マックス・ブロート、ウィリー・ハース(1891―1973)らと親しかった。ライプツィヒの書店に数年勤務。第一次世界大戦に参加、1917年以後ウィーンに居住。29年音楽家マーラーの未亡人アルマと結婚。作家としての名声が高まるなかでナチスのオーストリア併合に遭遇しフランスへ亡命、結び付くべき「国民もなく」根を生やすべき「国土も持たぬ」流浪受難の晩年を送る。フランスの敗北でピレネーを越え、スペイン、ポルトガルを経てアメリカへ逃れ、カリフォルニアに没す。表現主義叙情詩人として出発、友愛と人間性革新を叫ぶ詩集『世界の友』(1911)や『互いに』(1915)、奔放で新奇な、自己探求の劇『鏡人(きょうじん)』(1920)、父子相克の小説『殺した者ではなく、殺された者に罪あり』(1920)などがこの期の代表作である。小説『ベルディ』(1924)以後心理的リアリズムに転じ、多弁、バロック的誇張がときに指摘されるが、持ち前の素朴な「感激性」によって、信仰をもち苦悩する人間や民族を描いた多くの作品は世界的に認められている。劇『ユダヤ人の中のパウロ』(1926)、フス教徒の悲劇『ボヘミアの神の国』(1930)、少数民族アルメニア人の悲劇の小説『ムサ・ダークの40日』(1933)、旧約の預言者エレミヤを描いた『エレミヤ』(1937)、『ベルナデットの歌』(1941)、ユートピア小説『未生人の星』(1946)などが主要作品。評論『上と下との間』(1946)は作者の世界観、宗教観を知る手掛りである。
[山戸照靖]
『アルマ・マーラー・ウェルフェル著、塚越敏訳『わが愛の遍歴』(1963・筑摩書房)』
ドイツの詩人,小説家,劇作家。富裕なユダヤ人商人の子としてプラハに生まれ,カフカやブロートを友とした。ウォルフ社の叢書《最後の審判の日》の企画者となり,詩集《世界の友》(1911)などにおいて,音楽性豊かな言葉で新しい世界と人間とをたからかにうたい,表現主義抒情詩の旗手となった。第1次世界大戦に出征,以後はウィーンに定住し,作曲家マーラーの未亡人で10歳年長のアルマと結婚,当時しばしばとりあげられた〈父親殺し〉をテーマにした小説《殺した者にではなく殺された者に罪がある》(1920),実在の自我と仮象の自我との相克を描いた幻想的詩劇《鏡人》(1920)で一躍文名をはせた。オペラ小説《ベルディ》(1924),聖徒伝説劇《ユダヤ人のなかのパウロ》(1926),弱小民族の悲惨な運命をヒューマニズムの立場から描いた歴史小説《ムサ・ダハの40日》(1933)などを書いたあと,ナチスから逃れて1938年にフランスに亡命,40年にアメリカに渡った。亡命途次,聖女ベルナデットの奇跡で知られる南フランスのルルドに潜伏中カトリックに心をひかれ,《ベルナデットの歌》(1941)を完成,これはベストセラーとなり,映画化されて日本でも上映された。生涯〈信仰と愛〉を追求した作家で,10万年後の世界を想定したユートピア小説《生まれざる者たちの星》(1945)を書きあげた数日後,心臓発作のためカリフォルニアで死亡。
執筆者:早崎 守俊
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…また,ドストエフスキーの《二重人格》では,小役人の主人公が鏡像に分身願望を託すところから,彼の二重身体験の物語が始まる。フランツ・ウェルフェルの戯曲《鏡人》は,主人公と彼の分身としての鏡像との間に,ファウストとメフィストフェレスのような関係が成立する話である。そして映画《オルフェ》でコクトーは,鏡の向こうの世界を危険な魅力に満ちた死の国として描き,忘れがたい映像美をつくってくれた。…
※「ウェルフェル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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