オーストロネシア系諸族(読み)おーすとろねしあけいしょぞく(英語表記)Austronesians

日本大百科全書(ニッポニカ) 「オーストロネシア系諸族」の意味・わかりやすい解説

オーストロネシア系諸族
おーすとろねしあけいしょぞく
Austronesians

オーストロネシア語系の言語を母語とする諸民族。オーストロネジア系諸族とするのがより正確な発音である。ニューギニア島大部分オーストラリアを除くオセアニアのすべて、また東南アジアでは台湾、フィリピン、インドネシアなどの島嶼(とうしょ)部およびマレー半島の海岸部、さらに遠くインド洋を経てアフリカマダガスカル島に至る広い領域に分布している。これらの地域に住む人々の外見は多様である。しかしポリネシア語やマレー語マラガシー語との間の著しい類似性はすでに大航海時代の航海者らによって指摘されていた。オーストロネシア語はこの広大な地域で使われているにもかかわらず、たとえばパプア語やオーストラリア語などと比較したとき、きわめて相同性の高い言語である。これは、原オーストロネシア語を話す民族が、この広大な領域にそれほど古くない時期に移動し、拡散した結果であると推測することができる。このように「オーストロネシア系諸族」は、この地域の歴史的再構成を目ざす先史学の重要な概念となっているのである。

[山本真鳥]

形質的特徴

異論もあるが、いちおうオーストロネシア語族の源郷は東南アジアと考えられている。今日ここでこの言語を話す人々は古モンゴロイドで、モンゴロイド大人種に属するが、東アジアで発達した内眼角(ないがんかく)ひだの特徴は弱く、皮膚の色も他のモンゴロイドよりやや濃く、髪も直毛とは限らず波状毛もある。ポリネシア人ミクロネシア人も形質的特徴はこの延長上にあるが、ポリネシア人の場合は全体に体が大きく、また双方ともに髪は波状毛、場合によっては縮毛となっている。メラネシアの住民の皮膚は褐色、髪は縮毛で、アフリカのネグロイドとの関連を思わせるところから、太平洋(オセアニック)ネグロイドとよばれた時期もある。しかし近年の研究によれば、オーストロネシア系諸族の移動以前にオーストラリアやニューギニアに居住していたオーストラロイドが、人種形成の基調となっていると考えられ、ネグロイドとの関係は否定されている。一方、マダガスカル島の住民も、皮膚は褐色、髪は縮毛といったネグロイド的特徴を示すが、これは明らかにアフリカ大陸のネグロイドとの混血によるものである。マレー半島やフィリピンの奥地で採集狩猟生活を営む小柄なネグリトもオーストロネシア語を話すが、その形質的特徴および生業から、アフリカのネグリロと同じ先住民族の名残(なごり)とかつては考えられていた。しかし近年の血清学などの研究によれば、外見が似ているネグリロとはまったく関係なく、むしろ近隣の農耕民との間に連続性が認められる。またオーストロネシア語を話すメラネシア人の間では形質的に大きな変異を認めることができ、かつてこれはいくつもの民族移動から生じたとされていたが、近年ではむしろ地理的および社会的条件により隔離されたためと考えられている。

[山本真鳥]

文化的特徴

採集狩猟を行うネグリトなど一部の例外を除けば、オーストロネシア系諸族は農耕生活を営んでいる。ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアでは、タロイモ、ヤムイモ、バナナ、パンノキなどを主要作物とする焼畑耕作が広く行われている。考古学、言語学の研究によれば、この地域へ農耕を持ち込んだのはオーストロネシア系諸族にほかならない。この地域の沿岸部では漁労も行われている。家畜はブタとイヌ、ニワトリがいるだけだが、すべてが同時に伝わったのではないらしい。メラネシアは比較的平等な社会で、有力者のリーダーシップのもとで大きな交換システムが維持された。ポリネシアはそれに対し、父系的な位階システムが発達し、いくつもの王国が形成されている。ミクロネシアにも位階システムが存在するが、こちらでは母系制が主流であった。東南アジアのオーストロネシア系諸族は、水田または陸稲の稲作を営む点で太平洋地域と異なるが、一部ではアワやヒエ、ヤムイモなどもつくられており、過去における太平洋地域の根茎栽培との関連を思わせる。この地域はインド、中国にみられるようなアジア高文化の影響がとても強く、太平洋にはなかった文字文化が成立し、いくつもの王朝が存在した。マダガスカル島においても同じく稲作が営まれている。

[山本真鳥]

民族移動

形質上の細かな差異が民族移動によって生成されたとする過去の人類学では、人種・文化の異なる民族移動がこの地域にいくつも生起したと想定されていたが、最近ではそれほど複雑な過程があったとは考えられていない。オーストラロイドが約3万年前にオーストラリアとニューギニア島に住み始めたが、その後、およそ5000年前にアジア大陸南部からモンゴロイド系のオーストロネシア系諸族が移動を開始し、紀元1000年ごろまでの約4000年間にゆっくりと現在の領域へと拡散していった。彼らの移動経路や今日の文化からみて、オーストロネシア系諸族が優れた航海術をもっていたことは明らかである。またそのなかでも太平洋に移住した人々については、根栽作物に基づく農耕文化の担い手で、土器製作の技術をもっていたことが知られている。ただし、今日のポリネシア全域およびミクロネシアのほとんどで、土器製作の技術はもはや失われている。

[山本真鳥]

『石川栄吉著『南太平洋――民族学的研究』(1979・角川書店)』『石川栄吉著『南太平洋の民族学』(1978・角川選書)』『石川栄吉編『民族の世界史14 オセアニア世界の伝統と変貌』(1987・山川出版社)』『大林太良編『民族の世界史6 東南アジアの民族と歴史』(1984・山川出版社)』

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