翻訳|Negrito
スペイン語で〈小黒人〉を意味し,東南アジアに点々と分布する少数民族の一般名称で,インド洋のアンダマン諸島に500人弱,タイ南部と半島マレーシアの内陸に約3000人(セマンSemang族),フィリピン群島に2万~3万人(アエタAeta族)居住する。これらのネグリトは形質,文化のうえでよく似ているが,その相互関係ははっきりせず,一説には東南アジア古代人の生残りといわれている。言語のうえではマレーシアのネグリトはモン・クメール語族に属するが,他地域のネグリトの言語との類縁関係はない。身体の特徴は身長1.5m以下で低く,皮膚の色は暗褐色か黒色で,ネグリト・ノーズと呼ばれる広鼻をもち,頭は短頭型,毛髪は黒の縮毛か羊毛状である。しかしかなり混血が進んでいる。現在はシャツにパンツ,スカートを身につけているが,本来の身なりは男女とも樹皮で作った小さなふんどしを身につけているだけであった。女性はその上に樹皮製の帯を腰に巻いていた。装身具が好まれ,女性は首輪,腕輪などをつけ,すすや石灰で化粧する。社会生活の特徴としては,政治的統一のないいくつかの居住域に分かれ,それぞれのグループは多くのバンド(移動集団)に分かれて移動の生活をする。このバンドが政治,経済,社会の重要な単位である。おもに老夫婦,息子夫婦,孫とその他の近親によって構成されている。男は毒を塗った吹矢で狩猟し,女は塊茎類,果実,シロアリ,はちみつ,昆虫などの食物を採取し,川で漁をしながら移動する。移動生活のための小屋は風よけの差掛小屋程度のものである。婚姻は一夫一婦婚で結婚,離婚は比較的自由である。夫婦がどのバンドと共住するかは当人たちの自由である。バンドにはリーダーのほかに祭司がおり,神と人間の間を仲介する。神々の中でも雷神は,近親相姦,日中の性交,獲物の分配の不公平などには,稲妻によって罰する。この神の怒りを鎮めるために血の供犠が行われる。
執筆者:口羽 益生
ネグリトは,濃色の皮膚,広い鼻,縮れた毛髪など,アフリカ人に類似した身体的特徴をもっているが,これまでに調査されたいずれのネグリト集団も,遺伝的にはアフリカ人とは遠く離れ,むしろ東南アジアの諸集団に近い。ただし,ネグリト集団相互間も,それ以外の集団ともかなり大きく異なっている。このことは,彼らがかつて東南アジア一帯に広く存在した狩猟採集民の生き残りであることを示すものと考えられている。約7万年前までにアフリカを出たアジア人の祖先は,海岸沿いに東に向かって居住域を広げ,約5万年前までに東南アジアやオーストラリアに達したが,その後の東北アジアからの二次的な民族移動や,東アジアの農耕民の南下によって,分断されて孤立し,居住域が狭められた結果,島嶼や半島の限られた地域にのみ残存していると考えられる。
執筆者:多賀谷 昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
広義にはアフリカのピグミー(ムブティ)を含むが、通常、マレー半島のセマン、フィリピンのアエタ、アンダマン島先住民をさす。ネグリトとはスペイン語で「小さな黒人」という意味の人種用語。低身長(成人男子で150センチメートル)、縮毛(しゅくもう)ないしは捲毛(けんもう)、暗褐色の肌、丸くて幅広い顔、扁平な鼻などが目だつ形質的特徴をもち、モンゴロイド的な特徴はもたない。人口は、セマンで約3000(1990)、アエタで約2万2000、アンダマン島先住民は、ヨーロッパ人のもたらした病気で急速に減少し、約500。ネグリトの起源、歴史などはよくわかっていないが、明らかにアジアにおける古い人種であり、かつては広い地域にわたって住んでいた。一時、アフリカのピグミーと密接な類縁関係があると提唱されたが、それは文化人類学者シェベスタP. Schebestaによって否定された。かつて東南アジアを通過し、現在のメラネシアへ移住した古メラネシア人種の生き残りとする説がある。アンダマン島先住民とセマンはいまでも狩猟採集民であるが、フィリピンのネグリト(アエタ)は移動焼畑を中心とした生活へと変化を遂げた。
[口蔵幸雄]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
オーストラロイド人種群に属する人種。成人男性の平均身長が150cm以下(成人女性は140cm以下),暗褐色の皮膚,短く縮れた頭髪,幅広い鼻と厚い唇などの身体的特徴を持つ。森林生活に適応した採集狩猟民であり,フィリピン諸島,マレー半島,アンダマン諸島などに分布する。東南アジアでは現存最古の先住民とされる。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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