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オーディトリアム auditorium

翻訳|auditorium

デジタル大辞泉の解説

オーディトリアム(auditorium)

劇場などの観客席。聴衆席。
音楽室。講堂公会堂

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百科事典マイペディアの解説

オーディトリアム

講堂,劇場音楽堂,公会堂など多数聴衆を収容する屋内空間をいう。

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大辞林 第三版の解説

オーディトリアム【auditorium】

講堂・公会堂・劇場・音楽堂・映画館など、大勢の聴衆の入れる大ホールの総称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オーディトリアム
おーでぃとりあむ
auditorium

音楽、オペラ、バレエ、演劇、映画、講演、討論、教育などの目的で多数の観衆または聴衆の集まる屋内空間をいう。劇場の観客席などがこれにあたる。これを主要部分とする建物には、劇場、音楽堂、映画館、演芸場、公会堂、講堂、会議場などがある。これらの建物は一般的に、催し物を上演するための施設(舞台、楽屋、控え室、舞台裏技術部門、倉庫、客席内技術部門)、上演を鑑賞するための施設(客席、ホワイエfoyer(フランス語)すなわちロビー、喫煙室、クロークなど)、管理運営のための施設(切符売場、標券事務室、事務室など)からなり、これにサービス施設(食堂、厨房(ちゅうぼう)、機械諸室、駐車場など)が加わる。[小谷喬之助]

舞台

舞台には大別して二つの形式がある。一つはオープン・ステージopen stageといわれ、舞台と客席とが一つの大きな空間の中に共存するものであり、ギリシア劇場、ローマ劇場、シェークスピア劇場などといわれるものが代表的な例であり、日本の能舞台もこの部類に入る。ほかの一つはプロセニアム・ステージprosenium stageといわれ、ルネサンス後期にイタリアに登場したものである。舞台と客席はプロセニアム・ウォールによって明確に区分され、観客はプロセニアム・アーチ(額縁)を通して舞台を特定の方向からのぞき見る形をとっていて、舞台空間は透視図法を応用した装置によって立体的に構成される。ルネサンス以後、舞台形式の主流はプロセニアム・ステージとなり、各種の機構が開発された。現代のプロセニアム・ステージは、アクティング・エリアacting area(舞台)とシーナリー・スペースscenery space(舞台装置を飾る場所)を中心とする主舞台と、これを補助する副舞台(側舞台、奥舞台からなる)とで構成され、主舞台の上方には各種の吊(つ)り物、照明を吊るフライズfliesが設けられ、下方には各種の「せり」機構を設置する奈落(ならく)が設けられる。また主舞台、副舞台には水平の移動機構としてワゴン、スライディング・ステージ、回り盆組込みワゴンなどが設置される。こうしてプロセニアム・ステージはきわめて完成度の高いものになっている。しかし最近では舞台表現の多様化に伴い、ふたたびオープン・ステージの登場がみられ、またアダプタブル・ステージadaptable stageといって、場合によっていくつかの違ったタイプの舞台をつくりだせるものが出てくるなど、舞台と客席の関係は多様化してきている。
 音楽演奏の場合には各種の舞台機構は不必要である。その反面、音響的に効果のある反射板などが設置される。演奏ステージと客席の関係も自由度が大きくなり、客席がステージを取り囲むような形式のものもみられる。映画の場合にはスクリーンが適切な場所に設置されていればよく、かならずしもステージを必要としない。ただしショーなどと組み合わせて上演することもあるので、このような場合にはステージが必要となってくる。会議場の場合でも、円卓会議のように演壇を必要としないこともあるなど、舞台とオーディトリアムの関係はさまざまなものがある。したがって舞台の計画は、そこで主として催されるものが何であって、どのように表現しようと考えているのかによって異なってくる。[小谷喬之助]

客席

よい客席とは、どの客席からも舞台がよく見え、かつ舞台からの音がバランスよく聞き取れることである。また客席内の雰囲気が快適であるとともに、防災的にもよく配慮されていることが必要である。客席の規模、形は、舞台形式と、主として上演されるものが何であるかによって異なる。平面形では、客席の中に舞台が張り出してくるオープン・ステージであるか、舞台と客席が向かい合うプロセニアム・ステージであるかによって客席の構成が異なってくる。断面形としては単床式(客席が1層のもの)と複床式(客席が2層以上あるもの)とがある。客席の大きさは、舞台上の動作、表情などをどの程度視認することが要求されるかにより、舞台からの最大視距離が決められてくる。この決定要素は主たる上演種目である。これに音響的条件と経済的条件とが加わって客席の形、規模が決められる。視覚的条件として、断面的には、各客席から舞台、またはオーケストラ・ピットの先端が見え、かつ舞台奥までが見えなければならない。したがって客席床は勾配(こうばい)床か段床になり、前列または前々列の客の頭越しに舞台が見えるように計画されなければならない。勾配の度合いは、舞台形式、客席の位置、舞台で上演されるものの違いなどによって異なる。一般に後部ほど高くなるが、映画館のようにスクリーンが高い位置に置かれる場合には、前部の床が逆勾配にとられることがある。平面的には舞台形式と演目とによって視覚条件が違ってくる。講演、映画、音楽などは比較的見る対象が限定されてくるが、演劇などでは見る対象の広がりが広範囲になるので、これをよく見ることのできる客席の広がりは限定されてくる。とくにプロセニアム・ステージの場合にはその度合いが著しく、端部の客席からプロセニアム・アーチを通して特定の範囲の舞台を見通せることが必要とされる。その要求を充足するためには、端部の客席からの見通し角度はカーテン・ラインに対して104~108度の間と考えられている。
 音響的には音が客席内に均等に分布し、かつよく聞き取れることが必要である。音楽を主体とするときは豊かに響くことが求められ、ことばを主体とするときには明瞭(めいりょう)度の高いことが求められる。客席内に均等な音量を分布するためには、音源に近い天井、壁などを反射性にすると同時に、客席内の天井、壁の処理を音の拡散するような形にする。そのためには断面的に凸面を使い、音を集中させるような凹面の使用は不可である。またバルコニーを大きく突出させることは、その下部の音響条件を悪くするので避けるべきである。音量の不足するときはスピーカーによる補強を行うことがある。音がよく聞き取れるようにするためには、客席内の天井と壁面を適宜吸音性にして、音の反響や干渉、共鳴などがおこらないようにし、残響時間を調整する。残響時間の長さは演目によって異なる。その調節をするためには、客席内の容積が、ある程度の大きさをもっていることが必要である。たとえばコンサート・ホールの場合で、1座席当り10立方メートル程度が必要である。[小谷喬之助]

劇場建築

演劇、舞踊、芸能などを鑑賞するために設けられたオーディトリアムを主要部分とする建築物。劇場とは本来上演組織を含めた総体をさした名称である。したがって劇場建築には、上演を鑑賞する施設(客席、ホワイエなど)、上演を行う施設(舞台関係)、上演を準備する施設(稽古(けいこ)場、各製作場、倉庫など)、管理運営施設などが含まれている。これらの施設は膨大な面積を要し、ここに働く人の数も多い。ヨーロッパの大きな劇場では1000人を超える人が働いている。専属の上演組織をもつ本格的な劇場では、延べ面積のなかで客席関係(ホワイエなどを含む)が30~40%、舞台関係14~15%、舞台裏関係45~50%程度の割合になっている。つまり客席関係の占める面積は全体の3分の1前後であることを示している。
 劇場建築として現存する最古のものは紀元前4世紀中ごろに建設されたギリシア劇場である。この劇場は自然の丘の斜面を利用して石造の客席をつくり、この客席が円形のオーケストラを210度の角度で取り囲み、オーケストラの後ろにスケネskene(楽屋と舞台をいっしょにしたような建物)がある野外劇場である。ペロポネソス半島にあるエピダウロス劇場はもっとも保存状態のよい劇場として有名である(収容人員約1万4000人)。ローマ時代にはオーケストラは半円形になり、客席とスケネが一体となった構築物として平地にアーチ工法を応用して建てられた。保存状態のよいものとして南フランスのオランジュの劇場があげられる。
 中世キリスト教時代になると、宗教的な問題から劇場は消滅してしまい、ふたたび登場してくるのは16世紀末になってである。まずイギリスにシェークスピア劇場といわれる劇場が生まれた(1576)。1627年にはロンドンに17の劇場があったといわれている。そのなかでグローブ座(グローブ劇場)は王室の庇護(ひご)を受け、シェークスピアはグローブ座の俳優兼座付き作家であった。ちょうど同じころ、ルネサンス後期のイタリアに新しい劇場建築が誕生しようとしていた。それは当時新しい画法として登場してきた透視図法を劇場建築に取り入れようとするものであった。ビチェンツァにパッラディオA. Palladioの設計で建てられたオリンピコ座(1584)は、透視図法が建築的に取り入れられた最初の劇場であり、近代劇場建築の始祖ともいわれている。ついで1618年にパルマに建てられたファルネーゼ座は世界最初のプロセニアム・アーチをもった劇場といわれ、ここにプロセニアム・ステージ(額縁舞台)の登場を迎えることとなった。これ以後プロセニアム・ステージはそれまでのオープン・ステージにかわって舞台形式の主流となった。そしてプロセニアム・ステージをもち、宮廷劇場から発展した馬蹄(ばてい)形の平面とそれをめぐる数層の桟敷(さじき)席から構成される華麗な客席を備えた劇場形式がイタリアで完成された。ルネサンス・イタリア劇場といわれ、ヨーロッパ全土に普及し、劇場建築として一時期を画した。またプロセニアム・ステージの登場は各種の舞台機構の発展を促し、舞台表現の充実は目覚ましいものがあり、オペラ、演劇などの多くの名作が生まれた。しかし一方では客席からの舞台見通しは悪く、舞台のよく見えない席が多く、宮廷劇場の伝統を受け継いでいたことなどもあって、上流階級の社交場と化していった。これに反発して作曲家リヒャルト・ワーグナー、建築家ゴットフリート・ゼンパーなどによる国民劇場構想が生まれ、1876年バイロイトの祝祭劇場が建設された。扇形の平面で、すべて段床で構成された客席をもつこの劇場は、それまでのイタリア劇場の形式から抜け出した画期的なものであって、現代の劇場建築に大きな影響を与えた。
 20世紀に入ると、17世紀以来プロセニアム・アーチの枠のなかに閉じ込められていた演技空間を解き放ち、観客と一体となった劇空間を取り戻そうとする運動がおこってくる。これらの運動は、舞台からプロセニアム・アーチを取り除き、ふたたびオープン・ステージに生命を与えようとするものであった。こうした傾向は、第二次世界大戦後盛んになってきた舞台表現の多様化と相まって、現代の劇場建築に多くのオープン・ステージをもつものを登場させている。また場合に応じて客席と舞台の関係を変化しうるアダプタブル・ステージをもつ実験劇場がつくりだされ、劇芸術の多様化に対応するとともに、現代における劇場建築の考え方に多くの問題を投げかけている。
 日本では阿国歌舞伎(おくにかぶき)(1603)から発展した歌舞伎が独自の民衆劇として完成され、特色ある舞台形式をつくりあげ、仮面音楽劇としての能楽は、観阿弥(かんあみ)、世阿弥(ぜあみ)が足利義満(あしかがよしみつ)の保護を受けて以来、武士階級の式楽となって完成度を高め、独特の能舞台をつくりだしてきた。これらの舞台は形式的にはオープン・ステージに属するもので、それぞれ歌舞伎劇場、能楽堂といわれる劇場建築を生み出した。明治になると急速に取り入れられた西欧文明に伴い、舞台形式としてのプロセニアム・ステージが導入されたが、それは従来の舞台に額縁だけが取り付けられたようなもので、舞台内部の空間構成が欠落していた。そのため今日に至るまで、正統的なプロセニアム・ステージの発達を阻害する要因となっていた。
 伝統芸能のための劇場建築としては、東京の歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場、国立能楽堂をはじめとする各流の能楽堂、大阪の国立文楽劇場などがある。西欧タイプの劇場建築としては、第二次大戦前のものでは築地(つきじ)小劇場、旧帝国劇場などがあげられるが、いずれも現存しない。第二次大戦後では日生(にっせい)劇場、帝国劇場、新劇専門の劇場として俳優座劇場、三百人劇場などが建てられているが、上演組織を内包し、そのための完備した施設をもっている西欧の劇場建築の概念からすれば、やや異なったものとなっている。[小谷喬之助]

音楽堂建築

音楽を演奏し、聴衆に聴かせるオーディトリアムを主要部分とする建築物。音楽堂には大編成のオーケストラ、合唱団の演奏用の大規模のものから、室内楽やリサイタルなどのための小規模のものまである。いずれもなまの音を聴衆に伝えるのが原則である。
 歴史上最古の音楽堂はギリシア時代のオデオンOdeonであるといわれる。われわれの親しんでいる器楽の演奏は17世紀ごろでは教会や貴族、富豪の館で行われたが、このうち一般の人々が聴けたのは教会におけるものだけであった。世界最初の公開の場として建てられたのはベネチアのサン・カシアーノ劇場(1637)であるといわれる。ヘンデルの時代にはオペラの幕間(まくあい)に器楽作品が演奏されたといわれる。専用の音楽堂がつくられるようになったのは18世紀から19世紀にかけてからといってよいであろう。世界最古のコンサート・オーケストラといわれるライプツィヒ・ゲバントハウスオーケストラの会場が1781年に織物会館を改装してつくられている。19世紀につくられたウィーンのムジークフェライン・ザール(1870)、アムステルダム・コンセルトヘボウ大ホール(1888)、ボストン・シンフォニー・ホール(1900)はいまだに世界でもっとも音のよい三つのホールといわれている。そのいずれもが長方形、箱形の形体をしていて、古典的な音楽堂建築の典型とみられる。
 第二次世界大戦後、扇形または台形の平面を基本とする新しい音楽堂が建てられたが、音に関してはいまひとつ芳しくなく、改造を重ねられているものがある。日本には本格的音楽堂はいまだきわめて少ないが、戦後横浜に建てられた神奈川県立音楽堂は音質のよいのでよく知られている。また大阪、熊本などに音楽堂が新しく建設された。[小谷喬之助]

映画館建築

映画を上映して観客に見せるオーディトリアムを主要部分とする建築物。映画館ではすべての客席からスクリーンがよく見えることが必要である。また音がスピーカーを通じて客席内に均等に伝わることを要する。このため視線のとり方が重要である。スクリーンはシネマスコープ、70ミリ映画、シネラマなど大形化すると円弧が大きくなって客席を包むような形になるので、それに応じた視線の処理が求められる。音響についてもステレオ方式がとられることが多いので、客席内部の音響効果にはとくに注意が必要である。しかしスクリーンが大形化し、音も特殊な効果をねらうなどする傾向は、かえって客席の視覚的、音響的条件の良好な範囲を小さくする逆効果を生み出しているともいえる。[小谷喬之助]

公会堂建築、多目的ホール

一般大衆の集会、講演、文化活動、娯楽などのためのオーディトリアムを主要部分とする建築物。一般に地方公共団体が所有し、管理運営している公共施設である。公会堂建築が日本で建て始められたのは明治以後で、都市が近代化し、また大衆が自由に集会をもつことができるようになってからである。第二次世界大戦前のものには大阪の中之島公会堂、東京の日比谷公会堂などが代表的なものであろう。このころはオーディトリアムに小さな舞台がつけられた程度の単純なものが多かった。戦後になるとしだいにほかの機能が付加されるようになった。図書館や美術館や博物館的な機能が加えられることにより、都市、地域などの文化センターとしての役割を果たすようになってきている。地方文化の育成といった観点から文化庁の援助もあって、日本の各地に文化会館が建てられている。この種のものは、各種の舞台芸術の上演可能な舞台をもつオーディトリアムを中心とし、ほかに各種の文化活動の行える施設が設けられている多目的複合建築で、日本独特の多目的ホール建築を形づくっている。外国でこれに類するものには教区センター、地区センター、コミュニティ・センターなどがある。[小谷喬之助]

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