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宮廷劇場 きゅうていげきじょうcourt theatre

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宮廷劇場
きゅうていげきじょう
court theatre

ルネサンス以後,ヨーロッパ各国の宮廷に設けられた劇場。ルネサンス期の宮廷では,祝祭儀式や宴会の余興として,専門の芸人およびアマチュアによって,パントマイム,即興劇,バレエインタールードなどが盛んに演じられるようになった。初めは王宮内の広間や庭園で演じられたが,次第に専属劇団をかかえ,専用の劇場をもつようになり,宮廷劇場は王侯貴族階級の娯楽と社交の場としてにぎわい,のちのバレエやオペラの発達の母胎となった。代表的劇場に,イタリアファルネーゼ劇場 (1618) ,ウィーン宮廷劇場 (のちのブルク劇場,1741) ,スウェーデンドロットニングホルム劇場 (66) ,17世紀にバルラン・ルコント一座が使用したフランスブルゴーニュ座などがある。

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世界大百科事典 第2版の解説

きゅうていげきじょう【宮廷劇場】

ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世の妃テオドラがパントマイム(黙劇)の女優であったことからもわかるように,演劇は昔から王侯貴族に保護されていた。宮廷劇あるいは宮廷劇場という言葉は,広くは,あらゆる時代のあらゆる国の宮廷によって保護され演じられた演劇形式と,それが演じられた場所をさしうるが,ふつうは,ルネサンスの終りころから,19世紀前半ぐらいまでのヨーロッパにおいて行われた,それらの演劇(劇場,劇団)をさすことが多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宮廷劇場
きゅうていげきじょう
court theater英語
Hoftheaterドイツ語

広く宮廷に付設された劇場をいうが、演劇史的にはルネサンス期以降、ヨーロッパの各宮廷で王侯貴族の結婚式などの祝宴の余興として演じられた宮廷劇のための劇場をさす。ヨーロッパの宮廷劇は、ローマ古典劇の復活を目ざす人文主義者たちによって始められ、1486年、イタリアのエステ家のエルコーレ公によるフェッラーラの宮廷内の中庭での上演が最初の記録とされる。初めは臨時の施設であったが、1528年には同じくフェッラーラにおいて、恒久的な劇場が建てられた。やがてヨーロッパ各地の宮廷に広がり、王侯貴族は著名な建築家や美術家を動員し、舞台機構、装飾に豪華を競った。イタリアのパルマファルネーゼ座(1619)、ロンドンのドルリー・レーン劇場(1662)、フランスのコメディ・フランセーズ(1680)、オーストリアのウィーン宮廷劇場(1741。後のブルク劇場)などがその代表的なものである。ゲーテが総監督を務めたワイマール宮廷劇場(1696)は有名である。宮廷劇場は演劇文化向上に多大の役割を果たしたが、19世紀以降は衰退し、その多くは国民劇場国立劇場)に移行して今日に及んでいる。[大島 勉]

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