生物界に広くみいだされる黄、橙(だいだい)、赤の色をした一群の色素の総称。カロテノイドともいう。分子中に多くの二重結合があって、空気中で酸化されやすく、不安定な物質である。水に不溶で、ベンジン、エーテルなど、脂肪を溶かす溶媒によく溶ける点が、同じような色をしたフラボノイド色素やベタレイン色素と異なる。天然には400種類ほどのカロチノイドが知られているが、これらは化学構造のうえではイソプレノイド(テルペン)に属し、炭素数5のイソプレン単位が8個連なったポリエン鎖をなしている(ポリエンは数多くの二重結合をもつ炭化水素)。天然のテトラテルペン類はカロチノイドのみである。カロチノイドは炭素と水素のみからなるカロチン(カロテン)類と、末端のイオノン(ヨノン)環に酸素を含むキサントフィル類に大別される。
カロチン類は、化学構造的には、両端にβ(ベータ)-イオノン環または基をもつ赤色あるいは赤紫色の結晶で、多くの異性体がある。おもなものにα(アルファ)-カロチン、β-カロチン、γ(ガンマ)-カロチン、リコピンなどがある。β-カロチンはニンジンの根やトウガラシなどの赤い色素として分布が広く、また量的にも多くみいだされる。α-カロチンやγ-カロチンも緑葉やニンジン中にβ-カロチンと共存して含まれる。リコピンはトマトの果実に含まれる赤色の色素である。
キサントフィル類は、カロチン類にヒドロキシ基などが結合したもので、トウモロコシの種子の黄色の色素であるゼアキサンチン、トウガラシの赤色の色素のカプサンチン、卵黄やバターの黄色あるいはカナリアの羽毛の色のもとであるルテイン、エビやカニの殻に含まれるアスタキサンチン、褐藻類の褐色素フコキサンチンなど多数が知られている。
高等植物では、カロチノイドは葉緑体のチラコイド(タンパク質と脂質とでできた扁平(へんぺい)な袋状の構造)にクロロフィルとともに含まれ、また果実、花、根などでは色素体中に結晶となってみられる。葉緑体に存在するカロチノイドは、光合成の際に補助色素として光のエネルギーを吸収して、これをクロロフィルaに受け渡しする役割をしている。またカロチノイドは、細胞が光によって害を受けるのを防ぐ働きをしている。ミドリムシのような鞭毛(べんもう)虫類の眼点や感光点に含まれるカロチノイドは、光を受け取る色素として光走性(ひかりそうせい)(走光性(そうこうせい)。生物が光の方向と一定の角度をもって移動する現象)に関与している。
動物はカロチノイドを自分の体内でつくることができないので、動物に存在するカロチノイドは、食物として摂取した植物のカロチノイドに由来する。ヒトなど多くの動物はカロチン類とキサントフィル類をともに摂取、吸収できるが、ウマなどではカロチン類だけ、ニワトリや多くの魚類、甲殻類などの海産無脊椎(せきつい)動物などは、キサントフィル類しか摂取できない。β-カロチンのようなβ-イオノン環をもったカロチン類は、動物が摂取すると、体内で化学変化を受けてビタミンAとなる。ビタミンAアルデヒドであるレチノールは色素タンパク質ロドプシンの成分として視覚にかかわっている。ビタミンAの活性をもつカロチン類としては、β-カロチンがもっとも効力があり、他はその半分ほどの活性しかない。トマトのリコピンはビタミンAの効力がまったくない。
カロチノイドの合成は植物では葉緑体中で、細菌ではクロマトフォア(小胞、色素胞)中でおこる。カロチノイドは、イソプレノイドの一種であり、したがって、生体内ではテルペン類に共通のメバロン酸経路でつくられる。最初につくられるカロチノイドはカロチン類で、これに空気中の酸素が結合してキサントフィル類に変わる。秋の黄葉の色素はキサントフィルであるが、一般に植物が老化すると、若い時期にあったカロチン類が酸化されてキサントフィル類となる。
[吉田精一・南川隆雄]
『吉田精一・南川隆雄著『高等植物の二次代謝』(1978・東京大学出版会)』▽『石倉成行著『植物代謝生理学』(1987・森北出版)』▽『廖春栄著『生化学物質名称のつけ方』(1988・三共出版)』▽『幹渉編『海洋生物のカロテノイド――代謝と生物活性』(1993・恒星社厚生閣)』▽『小川和朗他編『無機物と色素――組織細胞化学の技術』(1994・朝倉書店)』▽『木村進他編著『食品の変色の化学』(1995・光琳)』▽『日本ビタミン学会編『ビタミンの事典』(1996・朝倉書店)』▽『BIO INDUSTRY編集部編『新しい食品素材と機能』(1997・シーエムシー)』▽『西野輔翼、フレデリック・カチック著『なぜマルチカロチンがガンを抑制するのか』(1998・メタモル出版)』▽『石黒幸雄他著『続・野菜の色には理由がある――トマト&緑黄野菜の効用』(1999・毎日新聞社)』▽『横田明穂著『植物分子生理学入門』(1999・学会出版センター)』▽『山谷知行編『朝倉植物生理学講座2 代謝』(2000・朝倉書店)』▽『梅鉢幸重著『動物の色素――多様な色彩の世界』(2000・内田老鶴圃)』▽『藤井正美監修、清水孝重・中村幹雄著『新版・食用天然色素』(2000・光琳)』▽『清水富弘・富樫牧夫著『体が錆びているあなたはマルチカロチンが必要です』(2002・メタモル出版)』▽『田中治他編『天然物化学』(2002・南江堂)』▽『片山脩・田島真著『食品と色』(2003・光琳)』
動植物界を通じ広範な分布を示す黄色,だいだい色ないし紅色を呈する一群の色素の総称。この名はこの色素群の代表であるカロチンに基づいてツウェットM.S.Tswettにより命名された。彼はこれらの色素の中で炭化水素溶媒に可溶のものをカロチン,炭化水素溶媒にとけにくく,メタノールにとけやすいものをキサントフィルとした。そして両者を総称してカロチノイドと呼んだ。発色団として共役二重結合が重複した長鎖状ポリエン構造をもつ。C40のテトラテルペン構造をもつものが多い。これまで300種ほどの天然カロチノイドが知られその構造も決定されている。酸素を含まないもの(炭化水素)と含むもの(アルコール,ケトン,エーテル,アルデヒド,エポキシド,カルボン酸)に大別される。前者はカロチン,リコピン,後者にはルテイン,クリプトキサンチン,ゼアキサンチン,フコキサンチン,ビキシン,ロドキサンチンがある。水に不溶で脂肪を溶かす溶剤によくとけ酸化されやすく不安定。その生合成経路は,アセチルCoA→イソペンテニルピロリン酸(C5)→ゲラニルゲラニルピロリン酸(C20)→無色カロチノイド(フィトエン,C40)→カロチノイドの経路をとる。植物体の緑葉では補助色素として葉緑体中に存在し,光吸収に関与している。秋になると落葉の際に黄葉となるのは,クロロフィルが分解され,カロチノイドの色が見えるようになった結果である。細菌では走光性に関与し,また光合成バクテリアには特有のカロチノイドが存在する。
執筆者:大隅 良典
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…以下に主要な色素を挙げる。(1)カロチノイドcarotenoid 植物界,さらに動物界にも広範な分布を示す。黄色,橙色,ないし紅色の色素。…
…以下に主要な色素を挙げる。(1)カロチノイドcarotenoid 植物界,さらに動物界にも広範な分布を示す。黄色,橙色,ないし紅色の色素。…
…葉緑体は多くの植物では直径5μm前後,厚さ2~3μmの碁石形であるが,藻類には板状,網目状,らせん形,星形,カップ形など特殊な形やひじょうに大きい葉緑体をもつものがある。葉緑体は黄色のカロチノイドのほかに多量の葉緑素(クロロフィル)を含んでいるので緑色に見える。褐藻や紅藻の葉緑体は葉緑素のほかにフィコキサンチンやフィコエリトリンを含んでいるので褐色または紅色に見える。…
※「カロチノイド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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