日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロドプシン」の意味・わかりやすい解説
ロドプシン
ろどぷしん
rhodopsin
脊椎(せきつい)動物の網膜retinaにある視細胞のうち桿体(かんたい)rodまたは桿状体細胞外節の円板体膜に含まれる赤い色素タンパク質(視物質または視色素)で、視紅visual purpleともよばれる。ビタミンAのアルデヒド誘導体である11-シス-レチナールを発色団とし、これとアミノ酸348個、分子量3万9048、直径約10ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)のタンパク質オプシン(ロドプシンのタンパク質部分)とが、リジンのε(イプシロン)-アミノ基とシッフ塩基をつくって結合したものである。暗所では紫紅色、光に当てると赤色から橙色を経て黄色のレチナール(レチネン=視黄)となり、さらに、無色のレチノール(ビタミンA1=視白)となる。それぞれ異なる吸収帯を示す5~6種の中間体、バソロドプシン(ヒプソロドプシンを経由することもある)、ルミロドプシン、メタロドプシン-Ⅰ、-Ⅱ、-Ⅲを経て全トランス‐レチナールになって退色し、光を遮ると回復する(これを視覚サイクルという)。オプシンには明暗を区別する(薄明視)桿体オプシン(スコトプシン、分子量約3万8000)と、色を区別する(昼間視)錐体(すいたい)オプシン(フォトプシン)がある。
ロドプシンは1877年、ドイツの生理学者キューネWilhelm Kühne(1837―1900)がカエルの網膜から初めて抽出した。オプシンは、水不溶の膜タンパク質なので界面活性剤を用いた。ウシのオプシンは単糖7~8個からなる糖鎖(グルコースなどの糖がいくつかつながったもの)を二つもち、2分子のパルミチン酸で修飾されている。348個のアミノ酸配列は1982年に決定された。アミノ酸組成では疎水性アミノ酸が半分を占める。ロドプシンのポリペプチド鎖はアミノ末端を円板体内部に、カルボキシ末端を桿体細胞質側に露出し、中間部分は7回円板体膜を横切っている。膜内部分はほとんどα(アルファ)-ヘリックス(ポリペプチド鎖がとりうる安定な螺旋(らせん)構造の一つ)を形成している。ロドプシンは光を受けると、寿命が非常に短く、色の異なる数種の中間体を経て全‐トランス‐レチナールとオプシンに分離する。この過程で、膜表面にあるGTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質(G-タンパク質)の一つであるトランスデューシンtransducinがロドプシンに結合して活性化され、これがさらにフォスフォジエステラーゼ(リン酸モノエステルを生成する酵素)を活性化するため、サイクリック(環状)GMPが5'-GMP(グアニル酸)に変化する。これによりナトリウムイオン(Na+)の桿体細胞内への流入停止とカルシウムイオン(Ca2+)の流出、円板膜の表面電位の変化などが生じ、光のエネルギーと情報が神経信号へ変換して脳へ伝えられる。ビタミンAの不足で特発性夜盲症nyctalopiaになるのは、ロドプシンの生成が不十分になるからである。なお、ある種の高度好塩菌はロドプシンによく似たバクテリオロドプシンをもち、光合成を行う。
また、網膜視細胞にあるアレスチンarrestin(S抗原)は分子量約4万8000、アミノ酸438個で、リン酸化されたロドプシンに結合してロドプシンとトランスデューシンとの相互作用を阻害する。ウシ‐ロドプシンの立体構造は2000年に2.8オングストローム(Å)解像度で決定された。なお、2003年(平成15)、琵琶湖(びわこ)のアユの網膜オプシンの一部がクローニング(特定の遺伝子を単離すること。クローン化)された。さらに同年、ヨーロッパ分子生物学研究機構のグループが二次元結晶を用いて超低温電子顕微鏡によって立体構造を決定した。
[野村晃司]
『前田章夫著『視覚』(1986・化学同人)』▽『高木雅行著『図説 情報生物科学』(1988・朝倉書店)』▽『葛西道生他編『神経情報伝達分子――脳機能の分子レベルでの理解をめざして』(1988・培風館)』▽『森川耿右編『蛋白質立体構造の新しい視点』(1991・講談社)』▽『前田章夫著『視覚のメカニズム』(1996・裳華房)』