コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ガンダーラ美術 ガンダーラびじゅつ Gandhāra art

3件 の用語解説(ガンダーラ美術の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガンダーラ美術
ガンダーラびじゅつ
Gandhāra art

パキスタン北西部からアフガニスタン東部に及ぶ地域で,紀元前後頃から6~7世紀頃まで行われたヘレニズムローマの影響の著しい美術。ペシャワルスワートタクシラ,ジェララバードの4つの地方を中心に栄え,仏教寺院を荘厳する彫刻類に代表される。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ガンダーラびじゅつ【ガンダーラ美術】

パキスタン北西部のペシャーワル県にほぼ相当する古代の国ガンダーラGandhāraを中心に,東のタキシラ地方,北のスワート地方,西のアフガニスタンの一部をも含む地域で1~5世紀に展開した仏教中心の美術。クシャーナ朝時代に初めて仏陀の姿を表現してその図像を定型化したことは特筆に値し,インド中央アジア,中国の仏教美術に多大の影響を及ぼした。石彫を主体とし,塑造彫刻や金工品も多く,象牙彫刻も一部におこなわれたが,絵画遺品は乏しい。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ガンダーラ美術
がんだーらびじゅつ

ガンダーラとはインド亜大陸の北西部、いまのパキスタンの北部にあった古い地名で、同国ペシャワル県がその地域にあたり、三方を山に囲まれ三角形の盆地をなす。その名は古く『リグ・ベーダ』や『アタルバ・ベーダ』にも出てくるが、紀元前6世紀にこの地方を支配したペルシアアケメネス朝の碑文に、属州となった国々の一つとしてガンダーラの名が記されている。前4世紀末、アレクサンドロス大王の東方遠征のとき、大王の軍の侵入を受け、前3世紀にはインド、マウリヤ朝アショカ王の支配するところとなったが、のち北方遊牧民の一つであるサカ人の南下にあい、やがてアフガニスタン北部に興った中央アジア土着のクシャン人がこの地に勢力を伸ばし、クシャン朝を樹立、文化繁栄の基礎を築き、カニシカ王のとき最盛期を迎えた。カニシカ王の在位年代については諸説あり一定しないが、2世紀中ごろとする説が有力である。
 カニシカ王はプルシャプラ(いまのペシャワル)を都とし、アフガニスタン北部からインドのマトゥラ、中国の西域(せいいき)の一部に至る広大な領土を支配した。仏教もこの時代に全域に広まり、寺院の建立、仏像の制作は空前絶後の盛況を呈した。とくにガンダーラ地方で初めて仏像がつくられ、その時期は1世紀末から2世紀初めと考えられている。ペシャワルには古代の遺跡はほとんど残っていないが、カニシカ王のストゥーパといわれる遺跡から20世紀初めに青銅製の舎利容器が発掘され、その側面には、カニシカ王の寄進を証明するカローシュティー文字の銘文が彫られていた。
 ペシャワルを中心に興った仏教美術はその周囲にも波及し、北はスワット渓谷、東はタキシラにもその遺跡が発見されるが、この時代にこの地方一帯に栄えた仏教美術をガンダーラ美術と称する。クシャン朝時代のガンダーラは、文字どおり文明の十字路にあり、東はインド、中国、北は北方遊牧民族の国々、西はペルシアからギリシア、ローマへと通じ、東西文化の影響を受けた。仏像にもギリシア、ローマの自然主義的な傾向と、土着的な要素の入り混じったものがみられ、インド亜大陸の一部でありながら、インドの伝統的な作風の希薄な、むしろ西方的な特色の強い美術が生み出された。彫刻では、もっとも芸術性の高い時期は3世紀ころを頂点とし、4、5世紀になるとやや衰退の様相がみられる。しかし中国へ仏教が初めて伝播(でんぱ)したのはこの時期であり、北魏(ほくぎ)時代の仏教美術に大きな影響を及ぼしたことは、さまざまな遺品が物語っている。ガンダーラ美術の遺品は、材料が青黒色の角閃(かくせん)片岩によるものが大部分で、末期になるとストッコ(漆食(しっくい))の像が多くなり、その表面に彩色を施している。[永井信一]
『栗田功編著『ガンダーラ美術』全2巻(1989・ニ玄社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のガンダーラ美術の言及

【インド美術】より

…このことは涅槃(〈完全なる消滅〉の意)に入った仏陀の姿は見ることができないとする,仏身に関する観念と密接な関係があると思われるものの,仏陀のみならず仏弟子の姿もまた表現されない理由は,いまだ十分に解明されていない。 仏陀不表現の伝統を破って初めて仏像を制作したのはガンダーラ(ガンダーラ美術)とマトゥラーとにおいてであり,1世紀末ごろのことであった。パキスタンの北部,今のペシャーワルを中心とするガンダーラ地方は,古くはアケメネス朝ペルシアの属国であり,前2世紀以後は北西より侵入した異民族の相次ぐ支配をうけ,外来文化の影響が顕著な地域であった。…

※「ガンダーラ美術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ガンダーラ美術の関連キーワードガンダーラ北西辺境州東パキスタンラワルピンディペシャワールパキスタニーイスラマーバードハイバル[峠]ペシャーワルペシャーワル谷

今日のキーワード

ネコノミクス

猫が生み出す経済効果を指す造語。2012年に発足した安倍晋三内閣の経済政策「アベノミクス」にちなみ、経済が低迷する中でも猫に関連するビジネスが盛況で、大きな経済効果をもたらしていることを表現したもの。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ガンダーラ美術の関連情報