改訂新版 世界大百科事典 「アタルバベーダ」の意味・わかりやすい解説
アタルバ・ベーダ
Atharvaveda
古代インドのバラモン教聖典《ベーダ》の一つで,《リグ・ベーダ》《サーマ・ベーダ》《ヤジュル・ベーダ》の3ベーダに次ぐ第4の地位を占める。他の3ベーダが正統バラモン教の祭式と結びついて成立したのに対し,このベーダは呪術を本質とし,民間の信仰に起源を発している。災いを払い,幸運を呼ぶ呪詞を収録したこのベーダは,古くは《アタルバ・アンギラス》と呼ばれ,招福をつかさどるアタルバンAtharvan族の呪術と,呪詛をつかさどるアンギラスAṅgiras族の呪術とをもとに成立したことを示している。起源的に他の3ベーダと異なる《アタルバ・ベーダ》は,初めは正統のベーダと認められなかったが,しだいにその地位を向上させ,祭式全般を監督するブラフマン祭官に属する聖典として,第4のベーダの地位を獲得した。伝承によれば,このベーダは9派に分かれていたというが,現在伝わるのはシャウナカ派,パイッパラーダ派の2派である。一般に流布しているシャウナカ派のものは20巻より成り,大部分が韻文で731賛歌を含む。収録された呪詞の目的は治病,恋愛,戦勝,開運,贖罪など多岐にわたる。また,宇宙の最高原理を探るいわゆる〈哲学賛歌〉も十数編含まれる。民間信仰に発するこのベーダは,起源はかなり古いものと見られるが,言語,韻律の点や,四姓の区別,バラモン至上主義を明瞭に述べている事実から,聖典として編纂されたのは《リグ・ベーダ》より明らかに後で,ほぼ前1000年ころの成立と考えられている。
執筆者:吉岡 司郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報