キレネ(読み)きれね(英語表記)Kyrēnē

  • Kyrēnē/〈英〉Cyrene

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リビア北東部のドーリス人のポリス。紀元前630年ごろテラ人が建設した植民市として成立し、植民の指導者バットスBattosを祖とする王家の統治を受け、前6世紀には周辺地域のキレナイカにバルカBarkaのほかいくつかの植民市を建設し、特産品の薬草シルフィオンの輸出などで繁栄した。同世紀後半にペルシアの宗主権下に入り、前5世紀前半に独立を回復したが、同世紀中ごろに王家が倒れて、民主政ポリスとなった。前322年にプトレマイオス1世に征服されて、穏和寡頭政的政体を与えられ、前3世紀中ごろにはキレナイカの諸都市と連合体を結成した。前74年にキレナイカがローマの属州となったとき、その州都とされたのち、紀元後114年のユダヤ人の大反乱で破壊され、641年のアラブの征服で廃墟(はいきょ)と化した。地中海岸から約15キロメートルの地点にあり、アポロン神殿、ゼウス神殿など多くの遺跡、遺物が発掘されているほか、一部の地区には今日も住人がいる。遺跡は1982年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。

[清永昭次]


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精選版 日本国語大辞典の解説

(Kyrene) アフリカ北部、リビア北東部、キレナイカ地方の地中海に面する町。紀元前七世紀ギリシアの植民地の中心として建設され、二世紀初期のころまで繁栄。また、アリスティッポスが古代哲学キュレネ学派を創設したことで知られる。一八二〇年以来、遺跡の発掘が進められた。

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