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キレナイカ キレナイカ Cyrenaica

翻訳|Cyrenaica

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キレナイカ
キレナイカ
Cyrenaica

アラビア語ではバルカ Barqah。リビア北東部の歴史上の地方名。前 630年頃ギリシア人がこの地方北部にエウヘスペリデス (バンガージ) ,バルケ (マルジ) ,キュレネ (シャーハート) ,アポロニア (スーサ) ,テンキラ (トゥークラー) の5植民都市を建てたことから,ペンタポリスと呼ばれた。

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デジタル大辞泉の解説

キレナイカ(Cyrenaica)

アフリカ北部、リビアの東半部を占める地方。中心都市ベンガジサヌーシー教団本拠地。名称は古代ギリシャの植民都市キュレネに由来する。セレイナイカ

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百科事典マイペディアの解説

キレナイカ

アフリカ,リビア東部の地方。アラビア語ではバルカ。大部分はリビア砂漠であるが,地中海岸の平野とオアシス地帯で農牧業が行われる。19世紀半ば,イスラム神秘主義のサヌーシー教団の拠点となり,20世紀に入るとイタリア支配に対するリビア人の抵抗の中核となった。
→関連項目キュレネリビア

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世界大百科事典 第2版の解説

キレナイカ【Cyrenaica】

リビア東部,地中海とエジプトスーダンチャドの国境に接する地域をさし,今日ではリビアのベンガジ州にあたる。アラビア語ではバルカBarqa。州都はベンガジ。従来この地域は,沿岸の一部農業地帯以外大半が砂漠で占められ,牧畜業以外産業はなかったが,1960年代の南部の石油開発が,この地域をリビア経済の重要地域に変えた。 キレナイカは,古代ギリシアの植民地時代以来,多くの異民族支配下に置かれてきたが,それは沿岸地域に限られており,サハラ砂漠の内陸部とはアフリカ奥地に通じるキャラバンルートで結びついていたにすぎない。

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大辞林 第三版の解説

キレナイカ【Cyrenaica】

リビアの北東部の地。中心都市ベンガジ。イスラム改革運動サヌーシー教団の本拠地。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

キレナイカ
きれないか
Cyrenaica

北アフリカ、リビアの東部地方3県を総称する地域。面積約85万平方キロメートル。地理的には、ジャバル・アフダル(緑の山)とよばれる地中海沿岸の高地地方、シルテ湾岸の低地地方、内陸の南部地方の3地域に分けられる。キレナイカの先住民ベルベル人であるが、紀元前7世紀にギリシア人が現在のベンガジほかの植民市を建設し、前1世紀にローマの支配下に入った。紀元後641年アラブ人が征服し、住民のアラブ化、イスラム化が進んだが、エジプトとトリポリタニアの対抗勢力の影響下にあって、オスマン帝国期も含めてキレナイカには安定した自立政権ができなかった。しかしサヌーシー教団の本拠地であり、1912年のイタリア侵攻への抵抗運動のなかで、後の国王ムハンマド・イドリースが政権を掌握する根拠地となった。1951年の独立後、トリポリタニア、フェザンとともにリビア連合王国を構成する3州の一つとなったが、63年の連邦制廃止とともに三つの県(ベンガジ、ジャバル・アフダル、デルナ)に分けられた。ジャバル・アフダルを除けば雨量が乏しいために粗放な農耕と牧畜に依存しており、石油資金を投じて都市や道路の建設が行われたものの、トリポリタニアに比べて開発が立ち後れている。面積では国土の半分を占めるが、人口は4分の1強を占めるにすぎない。ベンガジ、デルナ、ベイダなどの都市がある。[宮治一雄]

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世界大百科事典内のキレナイカの言及

【キュレネ】より

…前7世紀の末,飢饉に襲われたテラ(サントリニ)島住民の一部がバットスBattosを植民指導者としてこの沃地に入植(前4世紀に再録された植民決議の碑文がキュレネのアゴラから出土している),バットス一門の王政は前5世紀半ばまで続いた。その後,プトレマイオス王朝の支配を経て,前74年にローマの属州キレナイカとなる。キレナイカ【馬場 恵二】。…

【リビア】より

…リビア人の大半が今ではアラブ系住民であるが,西部のガダミスやガットにいるトゥアレグ族や,トリポリタニア海岸平野の定住農民の一部のベルベル語と独自の生活習慣を守る人びとは純粋のベルベルである。またフェッザーンやキレナイカ南部には,かつてオアシス農業の奴隷として中央サハラから連れてこられ定着したトゥーブ人などの黒人住民もいる。非アラブ住民としてはほかにも,ユダヤ人(レコンキスタ期にスペインを脱出してきた,いわゆる東洋系ユダヤ人)や大挙して入植したイタリア人らもいたが,今では大半がリビアを去っている。…

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