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ギリシア・クーデター ギリシア・クーデターGreek Coup d'Etat of 1967

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ギリシア・クーデター
Greek Coup d'Etat of 1967

1967年4月 21日ギリシアの軍部が起したクーデター。 66年 12月当時の S.ステファノプーロス内閣が客船事故の処理をめぐって総辞職し,政治的混乱の末国王コンスタンティノス2世 (在位 1964~73) は 67年4月3日,第2党の国民急進同盟党首 P.カネロプーロスに組閣を命じた。同首相は組閣直後の4月 14日に議会を解散,5月 28日に総選挙を施行すると発表。選挙は中道左派の中央同盟と左派の統一民主左派が進出することが予想されていたが,4月 21日軍が突如クーデターを敢行,各政党の政治家,知識人ら4万人を逮捕,投獄し,独裁体制をしいた。国王は民政に移行するよう軍事政権に要求したが応じないため,12月 13日みずからクーデターを試みて失敗,亡命した。国王の亡命後,軍事政権の中心人物 G.パパドプーロス大佐が首相に就任,コンスタンティノス2世の廃位を宣言する一方,労働者の賃金引上げ,農民の負債帳消し,物価の凍結など国民に迎合する政策をとった。しかし憲法は停止され,治安強化が続く武断政治のなかで,軍事政権は 68年7月 11日新憲法草案を発表,9月 29日の国民投票で成立させた。 72年3月パパドプーロスは摂政も兼任,首相,外相,国防相と権力を一手に集中した。 73年6月王制を廃止し共和制を宣言,7月の国民投票を経て8月 19日正式に発足,パパドプーロスは初代大統領に就任した。 73年 11月 16日アテネ大学生のデモを契機に 25日陸軍極右派がクーデターを行い,パパドプーロス大統領を解任した。しかし新軍事政権は 74年7月 20日キプロスをめぐってトルコと軍事衝突を起し,その敗北によって7月 23日崩壊,パリ亡命中の K.カラマンリス元首相が呼戻され民政政権を組織した。 75年6月新憲法が公布され,ギリシアは常態に戻ったが,王制はついに復活されなかった。

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