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クプリーン Kuprin, Aleksandr Ivanovich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クプリーン
Kuprin, Aleksandr Ivanovich

[生]1870.9.7. ペンザ
[没]1938.8.25. レニングラード
ロシアの小説家。零落した貴族の家に生れ,モスクワの陸軍幼年学校,士官学校を卒業後,多くの職を遍歴し,1890年代から作家活動を開始。 L.トルストイ,A.チェーホフ,M.ゴーリキーなどの強い影響を受け,批判的リアリズムを基調に 19世紀末から 20世紀初めのロシアの悲劇的な時代を再現した多くの作品を残した。代表作『決闘』をはじめ,軍隊生活をもとにした作品が多い。また『貪欲の神』 Molokh (1896) ,『生活の川』 Reka zhizni (1902) ,『ヤーマ』 Yama (09~15) など,資本主義下における個人の不自由,卑俗な生活の醜悪さ,偽善的なモラルなどを暴露し批判した作品が多い。十月革命後パリに亡命,37年に帰国。

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世界大百科事典 第2版の解説

クプリーン【Aleksandr Ivanovich Kuprin】

1870‐1938
ロシア小説家。幼年士官学校を終え,軍務につくが,数年でやめる(1894)。以後しばらくは,雑多な職を転々としながら,新聞に時事的な風刺文や印象記(オーチェルク)を書く生活が続いた。やがてチェーホフゴーリキー知遇を得,1902年から雑誌《知識》に作品を発表するようになる。そのころから豊富な経歴を生かした,中・短編小説が続々と生まれ,《サーカスで》(1902)はL.トルストイの賞讃を得た。注目を集めた《決闘》(1905)は,閉鎖的で暗澹たる軍人生活に恋をからませている。

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大辞林 第三版の解説

クプリーン【Aleksandr Ivanovich Kuprin】

1870~1938) ロシアの小説家。多彩な職業経験を土台に自然主義の手法で人間の悲惨を鋭く描いた。長編に「決闘」「魔窟」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クプリーン
くぷりーん
Александр Иванович Куприн Aleksandr Ivanovich Kuprin
(1870―1938)

ロシアの作家。ペンザ県の貧しい官吏の家に生まれる。陸軍士官学校在学中から文学に熱中。卒業後数年間軍務につくが、1894年に退役。その後はさまざまな職業を転々として豊富な創作素材を蓄え、それを簡潔な口語的文体で巧みに物語化した。まず二つの中編『モローフ』(1896)と『オレーシャ』(1898)で文壇に認められ、チェーホフ、ゴーリキーと親交を結び、短編『サーカスにて』(1902)がトルストイからも賞賛されて自信を深める。そして日露戦争の最中、反戦思想をテーマに、皇帝(ツァーリ)軍隊の非人間性、将校たちの腐敗堕落と残忍さを迫真的に描いた長編『決闘』(1905)を発表して読書界にセンセーションを巻き起こした。さらに次の長編『ヤーマ』(1909~15)では、ある大都市の売春地帯における娼婦(しょうふ)たちの恐るべき悲惨な生態をルポルタージュ的手法で描出するとともに、彼女らを救済しようとする「慈善家」たちの偽りのモラルを痛烈に批判して世界的にも有名になった。このほか、ロシアの将校に化けて潜入した日本軍スパイが寝言で「万歳!」と叫んだために正体がばれてしまう物語『ルィブニコフ大尉』(1906)、学生運動で逮捕され自白したことを恥じて自殺する大学生を扱った『生活の河』(1906)など、多くの好短編がある。1919年にパリへ亡命、37年に許されて帰国するが翌年病死。[箕浦達二]
『昇曙夢訳『決闘』(1931・新潮社) ▽昇曙夢訳『ヤーマ(魔窟)』(創元文庫) ▽昇曙夢訳『生活の河』(創元文庫)』

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