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クレティエン Chrétien, Jean

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クレティエン
Chrétien, Jean

[生]1934.1.11. シャウィニガン
カナダの政治家,弁護士。首相(在任 1993~2003)。フルネーム Joseph-Jacques-Jean Chrétien。労働者階級の家庭に生まれた。ラバル大学法学部を卒業,1958年弁護士資格を取得,1963年下院議員に初当選。ピアソン政権で頭角を現して政務次官,閣僚など要職を歴任し,次のトルドー政権で 1968~74年インディアン問題・北部開発大臣を務め,1977年にはフランス系カナダ人として初めて財務大臣に就任した。敏腕のやり手政治家として知られ,1980~82年法務大臣兼司法長官,1982~84年エネルギー大臣を務め,1984年副首相に就任した。1984年,トルドー引退後の自由党党首選挙に敗れ,1986年に下院議員を辞職。1990年下院に復帰して自由党党首に就任した。1993年の選挙で与党進歩保守党に圧勝し,首相の座についた。1995年にはケベック州の分離独立の是非を問う州民投票で連邦離脱案が僅差で否決され,首相として難局を乗り切った(→ケベック問題)。2000年に 3選を果たし,カナダの政治家として 1945年以降初めて 3期連続で首相を務めた。2003年アメリカ合衆国のイラク戦争に対し,カナダ軍派遣拒否を表明したため対米関係に緊張が生じた。2003年に首相を辞任。2009年メリット勲章を授与された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クレティエン
くれてぃえん
Joseph Jacques Jean Chrtien
(1934― )

カナダの政治家。ケベック州ショーウィニガン生まれ。ラバル大学卒業後、弁護士。1963年、29歳で初当選以来、下院議員を8期務める。この間、蔵相、法相、副首相兼外相などを歴任。1986年にいったん政界を引退するが、1990年に自由党党首として復帰。1993年の総選挙で進歩保守党から政権を奪還し、首相に就任。アメリカとの信頼関係の維持を図りながら、同時に中国政策やキューバ政策でアメリカとは一線を画す姿勢をとり、対人地雷全面禁止条約でも国際社会の先導役を務めた。1997年、2000年の総選挙でも自由党が過半数を獲得し、首相に再任された。2003年辞任。[村松泰雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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