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クロス承認 クロスしょうにん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クロス承認
クロスしょうにん

朝鮮半島の統一までの間,暫定的に北朝鮮を日本,アメリカが,韓国を中国と旧ソ連が相互に承認しようという考え方。反対派は,この構想により南北分断が固定化されるおそれを指摘してきた。しかし 1988年のソウル・オリンピック開催前後から,現実にはソ連・東欧,中国と韓国との接触が活発となり,90年に至り,ソ連・韓国は国交を樹立し,中国も 92年に韓国との間に国交を結んだ。一方北朝鮮と日米間の交流は,大韓航空機撃墜事件などもあり進んでこなかったが,90年9月の自民党金丸訪朝の際に金日成主席が国交樹立を提案し,交渉は前進するかに見えた。ところが 93年に入り北朝鮮の核開発疑惑が発生,北朝鮮をめぐる緊張が高まった。そうした中,93年6月から米朝高官協議が開始され,94年7月の金日成主席死去という事態を挟み 10月には米朝間に合意が達成,連絡事務所の設置も含め米朝関係改善にはずみがつくこととなった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クロス承認
くろすしょうにん

アメリカと日本が北朝鮮を、中国とソ連(ロシア)が韓国を、相互に関係改善し承認する構想。1974年ころからアメリカの元国務長官キッシンジャーなどが提唱した。88年、ソウル五輪開催を機に韓国政府は中ソ接近策を積極化し、同年10月の国連総会でも盧泰愚大統領が「六者会議」をあらためて提唱し同構想が再浮上した。しかし、北朝鮮は「二つの朝鮮」につながると拒否し、南北朝鮮とアメリカによる「三者会談」を求めた。90年9月の韓ソ国交樹立、92年8月の中韓国交樹立で盧大統領の北方外交は成功した。北朝鮮とアメリカ間では93年以来政府間交渉が行われ、94年10月、関係改善と核問題で合意、連絡事務所開設が決まったほか97年夏以来、アメリカ、中国、南北朝鮮間で「四者会談」の予備交渉が始まった。米朝高官協議は98年8月から断続的に再開され、北朝鮮のミサイル発射(北朝鮮は人工衛星打ち上げと発表)事件直後の9月6日の協議では双方が相互にワシントンと平壌に政府連絡事務所を開設することで合意し、「クロス交流・承認」は日本を除いて進行した。99年3月に訪日した金大中(きんだいちゅう/キムデジュン)大統領は日朝国交樹立に向けた日朝関係改善を強く要請した。同年12月、元首相の村山富市を団長とする超党派の北朝鮮訪問団は朝鮮労働党との全体会議で両国政府間交渉の再発などで合意し、82年11月以来中断していた日朝国交正常化交渉再開に向けた日朝政府間の国交正常化交渉予備会談および赤十字協議が、99年12月、北京で行われた。なお、2000年4月、韓国と北朝鮮は、朝鮮半島分断後初の首脳会談を6月に平壌で開催することを発表、6月13~15日に韓国大統領金大中が平壌を訪れ朝鮮労働党総書記金正日(きんしょうにち/キムジョンイル)と会談、南北統一への取り組みに合意、共同宣言に署名した。[前田康博]

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