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首脳会談 しゅのうかいだん

世界大百科事典 第2版の解説

しゅのうかいだん【首脳会談】

政府の最高責任者が一堂に会して行う会議。国家間外交の伝統的な形態は,A国の大使(または外相)とB国の外相(または大使)といったレベルの2ヵ国の政府代表者の間の交渉であり,または大使館員と駐在国の外務省員との間の,実務者レベルの話合いであった。首脳会談は,第1次大戦前はきわめて稀であったといってよい。第1次大戦の後始末をつけたパリ講和会議は,ウィルソン・アメリカ大統領,ロイド・ジョージ・イギリス首相,クレマンソー・フランス首相ら大国の最高責任者が集まり,対独講和条約のあり方を論議した点で,首脳会談の性格をもった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

首脳会談
しゅのうかいだん
summit conference

戦時と平時とを問わず、国際社会における重要問題を協議するため、関係国の政府首脳が会談することをいい、巨頭会談、頂上会談ともよばれる。主要国の政府首脳が会談、協議することは古くからの外交慣例であるが、首脳会談という名称でよばれるようになったのは、第二次世界大戦中に連合国の首脳が戦争遂行、戦後協力などのためしばしば会談、協議して以来のことである。その最初のものは1941年8月、ニューファンドランドにおけるルーズベルト米大統領とチャーチル英首相の会談である。このとき、有名な「大西洋憲章」が合意された。このほかおもなものをあげると、アルカディア会談(1941~42)、ワシントン会談(1942)、カサブランカ会談(1943)、ケベック会談(第一次1943、第二次1944)などがあるが、なんといっても重要なのは米英ソ3国首脳がそろったテヘラン会談(1943)、ヤルタ会談(1945)、ポツダム会談(1945)の三つの会談である。戦後も、この種の東西両陣営による大型首脳会談はしばしば行われているが、1955年の米英仏ソ4国首脳によるジュネーブ巨頭会談が目だつ程度で、1961年のケネディ米大統領とフルシチョフ・ソ連首相のウィーン会談や、1967年のコスイギン・ソ連首相とジョンソン米大統領のグラスボロ会談もとくに大きな意義はなかった。また西側諸国の首脳会談、非同盟諸国の首脳会談など、開催が日常化し具体的成果に乏しい。[藤村瞬一]

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世界大百科事典内の首脳会談の言及

【外交】より

…国際連合,あるいは専門機関その他傘下にある機関を通じての〈会議外交〉が代表的であるが,それ以外にもIMF,GATT(ガツト),OECDといった場での経済外交が常設的な〈会議外交〉として行われている。各国の最高の政治指導者が一堂に参集して,〈会議外交〉を行うこともあるが,その場合には〈首脳会談〉とも呼ばれる。〈会議外交〉は外交の展開の内容を一般国民に伝え,各国の立場や主張の違いを浮彫りにし,また時に多数決方式の採用で問題に解決をもたらす利点がある反面,伝統的な外交形態のもつ弾力性に欠け,とかく妥協を排するきらいがある。…

※「首脳会談」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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