ドイツの数学者。ベルリンからあまり遠くない村ソラウで医者の次男として生まれる。3歳のとき父が病没、以後、貧困のなかで母に育てられた。22歳のときから10年間リーグニッツ(現、ポーランドのレグニーツァ)のギムナジウムの教師を勤めたが、この時期の生徒のなかにクロネッカーがおり、クロネッカーとは終生数学上の親交があった。32歳でブレスラウ大学に、45歳でベルリン大学に移った。彼の幅広い研究のうちとくに有名なのは、理想数およびp進数を導入して整数論の発展に大きく貢献したことである。具体的応用には、1のp乗根が生成する体(たい)の類数がpと素な場合のフェルマーの問題の証明がある。彼の著述は、ワイル編の全集(2巻・1975)にまとめられている。
[永田雅宜]
ドイツの数学者。ソラウ(現,ポーランドのジャリ)に医者の子として生まれたが,3歳のときに父親を失い,母親に育てられた。ハレ大学を卒業後,リーグニツ(現,ポーランドのレグニツァ)のギムナジウムで数学と物理の教師を務めたが,1842年ブレスラウ(現,ポーランドのブロツワフ)大学の教授,55年にはベルリン大学教授となり,83年に引退するまでこの職にとどまった。クンマーの研究対象は,その時期により三つに分けられる。リーグニツ時代は関数論の研究をしたが,とくに超幾何級数に関する結果が著しい。ブレスラウに移るころから整数論の研究を始め,フェルマーの問題から出発して円分体や高次の相互法則の研究をした。なかでも,一般の円分体では,素因数分解の一意性が成り立たなくなるが,この困難を克服するために考えた理想数は重要であり,J.W.R.デデキントによりイデアルの理論としてまとめられ,代数的整数論の基礎となった。その後幾何学の研究に移ったが,クンマー曲面と呼ばれる16個の二重点をもつ四次曲面もこの時期に見いだされた。
執筆者:斎藤 裕
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…整数は素数の積にただ一通りに因数分解されるが,代数体の代数的整数の場合,例えば,有理数体にを添加して得られる代数体Q()の代数的整数全体 Z[]={a+b|a,bは整数}では, 6=2×3=(1+)(1-)となり,因数分解は必ずしも一通りではない。そこで,E.E.クンマーは,“理想数”の概念を導入し,整数のかわりに,理想数を用いると,代数的整数の場合にも,素数の積による因数分解と並行した理論が展開できることを示した。その後,J.W.デデキントは,理想数を考えることが,次の2条件を満たす部分集合を考えることと同等であることを示し,それら部分集合を,理想数にちなみイデアルIdeal(理想)と名づけた。…
…これが代数体の整数論の出発点となった。この4乗剰余の相互法則の研究は,一般のnべき剰余の相互法則の研究として,アイゼンシュタイン,E.E.クンマーらに受け継がれて,D.ヒルベルトによる類体論の構想の中に組み入れられた。 P.G.L.ディリクレは当時,難解であったガウスの《数論研究》の内容を理解しやすいものにしようと努め,さらに整数論に重要な寄与をした。…
※「クンマー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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