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グツコー グツコーGutzkow, Karl (Ferdinand)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グツコー
Gutzkow, Karl (Ferdinand)

[生]1811.3.17. ベルリン
[没]1878.12.16. ザクセンハウゼン
ドイツの小説家,劇作家。「若きドイツ」派の指導的人物。ジャーナリストとしても活躍。貧しい家庭に育ち,1830年の革命に感激して文筆生活に入る。小説『アムステルダムのサドカイ派』 Der Sadduzäer von Amsterdam (1834) は宗教界の狭量を批判したもので,のちの戯曲『ウリエル・アコスタ』 Uriel Acosta (47) のもととなった。既成の結婚観に挑戦した小説『懐疑する女ワーリー』 Wally,die Zweiflerin (35) によって投獄され,若きドイツ派はその後弾圧を受ける。 47~49年にはドレスデン宮廷劇場顧問をつとめた。戯曲多数のほか,長大な社会小説『精神の騎士たち』 Die Ritter vom Geiste (9巻,50~51) ,カトリック教会を批判した大作『ローマの魔術師』 Der Zauberer von Rom (9巻,58~61) がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

グツコー【Karl Gutzkow】

1811‐78
ドイツのジャーナリスト,劇作家。ベルリン生れ。フランス革命の衝撃は大きく,大学生グツコーは,〈ぼくには学問は終わり,歴史がはじまる〉と感じる。彼は〈生れながらのジャーナリスト〉として,ウィーンバルクと並ぶ青年ドイツ派の代表格となり,《フェニックス》紙その他で休みなく評論を書き続ける。彼が編集者として,劇作家G.ビュヒナーの才能を発掘したことは有名である。この頃,彼は傾向小説《疑う女ワリー》(1835)で宗教的タブーに挑戦し(後年,そのために4ヵ月間投獄される),他方では,ウィーンバルクとともに注目すべき文芸誌《ドイッチェ・レビュー》を企画するが,ドイツ連邦議会による青年ドイツ派の全面的禁止令(1835年12月)により,彼らの運動は壊滅する。

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大辞林 第三版の解説

グツコー【Karl Gutzkow】

1811~1878) ドイツの小説家・劇作家。フランス革命に影響を受け、青年ドイツ派の代表者として活動した。劇作家ビューヒナーを発掘。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グツコー
ぐつこー
Karl Ferdinand Gutzkow
(1811―1878)

ドイツの小説家、劇作家、ジャーナリスト。「若きドイツ」の中心人物。小説『疑う女ワリー』(1835)における宗教的懐疑と大胆なエロス描写のため投獄され、時の人となった。ドイツ最初の時代批判的社会小説とされる全9巻の小説『精神の騎士たち』(1850~51)では、時代全体を描くべく、多様な事件が同時進行する並列関係の手法を標榜(ひょうぼう)。芸術性は疑問視されるが、作品全体はロマン主義から写実主義への掛け橋となっている。[佐々木直之輔]

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