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グレナダ Grenada

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グレナダ
Grenada

正式名称 グレナダ。
面積 344km2
人口 10万8000(2011推計)。
首都 セントジョージズ

西インド諸島東部,小アンティル諸島南東部,ウィンドワード諸島南端にある島国。ベネズエラ北東岸沖約 150kmに位置するグレナダ島とその北に連なるグレナディーン諸島の南部からなる。グレナダ島は楕円形をした火山島で,森林におおわれた山地が中央を南北に延び,最高峰は北部のセントキャサリン山 (840m) 。短い急流の川が多く,また島の中央部の旧火口にグランデタン湖があり,水資源に恵まれる。熱帯海洋性気候に属し,6~12月が雨季で,年降水量は沿岸部で 1500mm,山地では 5000mmに上るが,乾季には貿易風の影響できわめて快適である。住民の 90%以上は黒人系。公用語は英語で,日常語としても用いられるが,フランス支配のあとが方言や地名に残っている。 1498年コロンブスが「来航」。 1609年イギリス人が植民を試みたが,先住民のカリブ族に撃退された。 1650年フランス人がセントジョージズに植民地を建設,1762年までフランス領。その後 1779~83年フランスに占領されたほかはイギリス領で,アフリカからの黒人奴隷の労働力によりサトウキビを栽培し繁栄。 1833年奴隷制が廃止されたが,農民の土地所有制が急速に進んだため,カリブ海の他の島々に比して打撃が少なかった。 1885~1958年イギリス領ウィンドワード諸島に属し,その中心地であった。 1958~62年西インド諸島連邦の一員。 1967年西インド諸島連合州の一州となり自治権を獲得したのち,1974年2月7日独立,イギリス連邦の構成国となった。 1979年社会主義のビショップ政権が誕生したが,1983年ビショップ暗殺とともにアメリカ合衆国軍とカリブ海諸国軍が「グレナダ侵攻」を行ない,左翼政権を打倒した。主産業は農業で,「香料島」の名で知られるようにニクズクをはじめとする香料植物の栽培が盛ん。ほかにバナナ,カカオが主要作物で,いずれも主要輸出品となっている。また 1984年セントジョージズ郊外に国際空港が完成して以来,観光業が重要な収入源となってきた。島内交通は道路が中心で,海路,空路によりカリブ海諸島をはじめ,アメリカ合衆国やヨーロッパとも連絡。

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デジタル大辞泉の解説

グレナダ(Grenada)

中央アメリカ、カリブ海地域の国。小アンティル諸島南端にあり、グレナダ島と付属島とからなる。首都セントジョージズ。英国領から1974年独立。人口11万(2010)。

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百科事典マイペディアの解説

グレナダ

◎正式名称−グレナダGrenada。◎面積−344km2。◎人口−10万3000人(2011)。◎首都−セント・ジョージズSt.George's(4万人,2011)。

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世界大百科事典 第2版の解説

グレナダ【Grenada】

正式名称=グレナダGrenada面積=344km2人口(1996)=9万7900人首都=セント・ジョージズSaint George’s(日本との時差=-13時間)主要言語=英語通貨=東カリブ・ドルEast Caribbean Dollarイギリス連邦に加盟する独立国。ベネズエラの北方沖合いに浮かぶカリブ海ウィンドワード諸島の最南端に位置する長さ34km,幅19kmの火山島グレナダ島と,グレナディン諸島南部の若干の小さな島々から成る。

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大辞林 第三版の解説

グレナダ【Grenada】

カリブ海、小アンティル諸島南端のグレナダ島を領土とする国。1974年イギリスから独立。首都セントジョージズ。面積340平方キロメートル。人口10万( 2003)。正称、グレナダ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グレナダ
ぐれなだ
Grenada

中央アメリカの西インド諸島南東部、小アンティル諸島に含まれるウィンドワード諸島最南端にある国。グレナダ島とその属島からなる。面積344平方キロメートル、人口10万1000(2001年推計)、10万4000(2009年推計)。首都セント・ジョージズ(人口4万、2003年推計)。主島のグレナダ島は火山島で、中央部は山地となっており、平地は小さな谷の沖積地や沿岸の狭い平野だけである。気候は熱帯海洋性で、北東貿易風が吹き、比較的しのぎやすい。1~5月が乾期、6~12月が雨期で、年降水量は中央山地の風上斜面で3750ミリメートルであるが、風下の南西海岸では1000ミリメートル程度である。
 1498年コロンブスの第三次航海によって「発見」され、当時コロンブスの航海を支援したスペイン南部の都市グラナダGranadaにちなんで命名された。先住民の抵抗が少なかったので、17世紀中ごろにはフランス人が入植し、タバコ、インジゴ(アイ)を栽培した。1763年のパリ条約によってイギリスに譲渡されたころはコーヒー、綿花、サトウキビが主要商品作物であった。その後フランスに奪回されたが、1783年のベルサイユ条約によってふたたびイギリス領となった。イギリス人はサトウキビ栽培を拡大するためプランテーションに多くの黒人奴隷をアフリカから導入した。しかし、1837年の奴隷解放令施行によって解放された奴隷の多くは労働条件のよい、近くのトリニダード島に移住したので、島は労働力不足となった。島に残った解放奴隷も自分の土地を求めて山地に入り、森林を開拓して小農民となったり、プランテーション経営者から土地を安く買って独立農民となった。1958~1962年には西インド諸島連邦の一部であったが、1967年にイギリス連邦の準加盟国となり、内政自治権を獲得、1974年2月イギリス連邦の一員として独立した。
 イギリスからの独立を主張した統一労働党党首ゲーリーEric Gairy (1922―1997)は、独立を達成すると、首相のほか、外相、内相、計画開発相、土地観光相を兼任し、独裁者となった。1979年、独裁体制に反対する野党ニュー・ジュウェル(新宝石)運動党党首ビショップMaurice Bishop(1944―1983)は、無血クーデターで首相のゲーリーを追放し、人民革命政府を樹立した。ビショップは首相となり、憲法を停止し、14人からなる革命評議会を設置した。新政権はコカ・コーラ工場を接収するなど社会主義政策を進め、外交面ではソ連、キューバに急速に接近した。1983年10月、副首相コードBernard Coard(1944― )ら左翼急進派によるクーデターが発生し、首相のビショップら4閣僚が殺害された。この直後、突然アメリカとジャマイカなどカリブ海諸国6か国の軍隊がグレナダに侵攻し、全島を制圧してコードらは逮捕され、アメリカの指導と援助のもとに暫定政府が発足した。その後1984年12月の総選挙で、親米派の新国民党(NNP=New National Party)が下院15議席中14議席を獲得して、ハーバート・ブレーズHerbert Blaize(1918―1989)が首相に就任した。1985年6月にアメリカ軍は撤退した。
 政治体制はイギリス国王を元首(2012年3月時点でイギリス女王エリザベス2世)とする立憲君主国で、議院内閣制である。議会は二院制で、上院13議席、下院15議席。上院議席のうち10議席を首相が指名、3議席を野党党首が指名。下院議席は直接選挙によって選ばれる。ともに任期は5年。首相は下院の多数派を占める政党党首を、イギリス国王の代理を務める総督が任命する。
 1990年3月の総選挙では国民民主会議(NDC=National Democratic Congress)が政権を握ったが、1995年6月の総選挙で新国民党が勝利して政権を奪回し、1999年1月の総選挙でも新国民党は圧勝した。2008年の総選挙では国民民主会議が政権を取り戻した。政党は、新国民党と国民民主会議の二大政党制が成立している。
 経済活動は農業が中心で、農林・漁業就業者は全就業者の35%を占める。ほかに小規模の製糖業が行われている。山地が多いにもかかわらず、島の3分の2は耕地として利用されている。海岸の低地にはサトウキビやカカオ、山地の中腹にはバナナ、カカオおよびニクズク(ナツメグ)が栽培されている。ニクズクはグレナダの代表的な産物で、皮は化粧品の香料用にイギリスへ、実はスパイスとしてアメリカに輸出される。ニクズクはグレナダの国旗にも描かれていて、世界第2位の生産量を占める。さらにシナモン、クローブ、ショウガも産するので、グレナダは香料の島ともよばれる。経営面積40ヘクタール以上の農園が全耕地の約半分を占め、小農民が残りの半分を占める。農園の所有地は山腹にあり、小農民の所有地は沿岸の低地にある。これは、農園が樹木作物としてのニクズク、バナナ、カカオを栽培していることを反映している。またカリブ海の美しい海と砂浜に恵まれて、観光も主要な産業となっている。砂浜と水上スポーツの場所は島の南西部にあるが、エコツーリズムを楽しむのに適した自然豊かな地域は島の南東部と西部に多い。
 2004年9月にグレナダを襲ったハリケーン「アイバン」は島全体に大きな被害をもたらし、道路や港湾設備など生活や経済活動に必要な公共施設の多くを流し去り、グレナダの経済と国民の生活に大きな影響を与えたが、復興が進むにつれ、経済は回復基調となった。通貨は東カリブ・ドル(ECドル)。住民はアフリカ系82%、混血13%、インド人3%、白人1%である。公用語は英語。英語と先住民族言語との混合語(クレオール語)も使われる。宗教はキリスト教(カトリック、英国国教会、プロテスタント)がほとんどである。
 日本とは1975年(昭和50)に外交関係を開いた。貿易では、グレナダから日本への輸出はほとんどなく、日本から自動車や水産品などを輸入しており、輸入額は5億円程度である。[菅野峰明]

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