改訂新版 世界大百科事典 「コンパドラスゴ」の意味・わかりやすい解説
コンパドラスゴ
compadrazgo
イベリア半島やラテン・アメリカの諸国のカトリック教徒にとくに顕著にみられる,代父母(だいふぼ)と実父母との間の関係とそれに伴う慣行をいう。一般にカトリックでは洗礼を信仰の〈誕生〉として,実際の誕生以上に重視する。子どもの洗礼式には,実親でない成人が代親として出席し,立会人としての務めを果たし,以後代親は精神的親としてふるまい,一方代子は精神的子どもとして代親に奉仕する。この精神的儀礼的親子関係はスペイン語ではパドリナスゴpadrinazgoと呼ばれ,カトリック教会によって認められ制度として確立した。正式には洗礼授与者(一般に司祭)も受礼子(代子)と儀礼的親子関係を結ぶが,民衆のレベルでは重視されない。堅信,婚姻式にも同様の関係が結ばれるが,この洗礼時の代親関係がとくに重視されており,このパドリナスゴを基にして,代親と代子の実親の間にも儀礼的関係が拡大して相互に規定しあう慣行が成立している。この傾向は地中海カトリック諸国とラテン・アメリカ諸国に顕著にみられ,とくにイベリアの南部農村地帯とラテン・アメリカ農村地帯では,制度的色彩をもって発展し定着した。彼らは互いにコンパードレcompadre(女同士ではcomadre)と呼びあい,友人や親しい間柄で呼びあっていた“tu”(おまえ)を避けて“usted”(あなた)を使い始める。これは代親が比喩的にキリストの〈聖家族〉に位置づけられるためで,世俗的でなくなったことを意味する。以上の受礼子を媒介として実親と代親同士が相互信頼と協力によって儀礼的絆を保つ慣行を〈コンパドラスゴ〉と呼ぶのである。この慣行はパドリナスゴより派生した二次的儀礼親族関係であり,現在教会は,この慣行を正式に認めていない。だがスペインより新大陸にもち込まれた儀礼的親族関係では,パドリナスゴよりもコンパドラスゴのほうがはるかに重要な意味をもっている。
親たちは子どもの誕生を機にして,有力者をコンパードレとして〈親族〉関係にとり込む好機をのがさなかった。そこでは〈親族〉なるがゆえに婚姻の回避と性のタブーは守られてはいたが,互助互恵の関係は現実生活の実利面に限られ,コンパードレという語義的意味での対等互恵の立場は希薄化し,代親に対する実親の一方的奉仕とその見返りとして庇護を与える形,つまり親方・子方の関係へと変貌していった。もちろん,同じ階層内の友人をコンパードレに迎えるときは対等平等の関係にあるが,この場合でも精神的なレベルではなく,世俗的な経済協力に置換されてきている。このようにしてコンパドラスゴの組織化は,ラテン・アメリカの農民社会を舞台に伸張し,政治・経済上の底辺にある人びとを擬制的に親族としてくみ込む前産業型の社会糾合の一形態をなしているかの観を呈している。このような関係はその舞台の都市化・産業化とあいまって解体を余儀なくされ,量的には減少するであろうが,他方,都市化の進行により個人間のパーソナルな関係が弱まるにつれて,逆にきわめて密度の高い親方・子方の結びつきが進行する傾向も無視することはできない。
→親分・子分 →代父母
執筆者:佐藤 信行
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報