ゴム工業(読み)ごむこうぎょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゴム工業」の意味・わかりやすい解説

ゴム工業
ごむこうぎょう

ゴムとゴム製品を製造する工業であり、通常はゴム製品製造業(ゴム加工業)をさすことが多い。

沿革

ゴムは常温では弾力に富むが、高温では軟化して粘り、また冷却すると硬化してもろくなる。この物性の安定化のため1839年アメリカの発明家C・グッドイヤーが加硫技術(ゴムに硫黄(いおう)を加える)を開発した。ヨーロッパ人のアメリカ大陸周航以降パラゴムノキの一種(アマゾン原産)がヨーロッパに持ち帰られ、さらに東南アジアに移植・栽培された。ゴムは、当初は字消しゴム(こするという意味の英語rubが、ゴムのrubberの語源となった)や防水布などに用いられたが、1888年にイギリスの獣医・発明家J・B・ダンロップが自転車の空気入りタイヤを発明したことにより、自動車工業の爆発的発展を促すとともに、今日のゴム工業の基礎を確立した。

 日本では、1886年(明治19)に土谷護謨(つちやごむ)製造所が設立され、加硫ゴムの製造に成功し、潜水服、レインコート、ゴム靴などがつくられた。日清(にっしん)戦争、日露戦争による軍用ゴム製品の需要の増大、さらに第一次世界大戦によるドイツ産ゴム製品の供給途絶は、日本のゴム工業発展を加速させ、国産化と自給体制を確立させた。また第二次世界大戦までのゴム工業は戦車、軍用車両、航空機などの部品製造という軍需に支えられて発展した。日本は天然ゴム生産地である東南アジアに近いため、第二次世界大戦前までは天然ゴムが中心であったが、戦後、石油化学工業の成立と自動車工業の急速な発展によって1966年(昭和41)合成ゴムの消費が天然ゴムを凌駕(りょうが)した。

大竹英雄

ゴム工業の現状

その後も日本のゴム工業は順調に拡大し、2007年(平成19)にはゴム製品の新ゴム(需給統計上、天然ゴムと合成ゴムを合算したもの)消費量が167万7000トンのピークに達した。製品別新ゴム消費量はタイヤ類が最大で1988年に100万トンを超え、2007年には137万トンに達し、新ゴム消費量に占めるタイヤ類の構成比は2002年から80%を超えている。乗用車用タイヤには合成ゴムが使用されるが、トラックや航空機用などの大型タイヤでは天然ゴムへの依存度が高い。タイヤの技術開発では、パンクしても一定距離走れる「ランフラットタイヤ」、石油への依存度を下げるとともに天然ゴムの弱点を改質し克服した「石油外天然資源タイヤ」も開発の流れの一つとなっている。

 ベルト、ホース、防振ゴムパッキンなど工業用品は、1990年代前半には新ゴム消費量の20%程度を消費したが徐々に減少し、2001年以降は15~16%程度となっている。これらには自動車産業用の部品が多いが、耐油性のほか、ターボチャージャーなどによるエンジンルームの高熱化に対応する耐熱ゴムの需要から、特殊合成ゴムが使用されている。一方、ゴム長靴地下足袋(じかたび)、ゴム草履(ぞうり)、ゴム底靴などの履き物類の新ゴム消費量は、1968年に6万9000トン(新ゴム消費量に占める構成比13%)となりピークを記録したが、労働集約型の軽工業という特徴から、1960年代以降は労働力確保の容易な韓国、台湾、中国へ移転し、当該国からの輸入増加で国内メーカーは数を減らし、そのゴム消費量は1850トン(2008)へと減少した。その他ゴム製品は工作機械、精密機械、IT(情報技術)業界、建設業界分野などで利用されているが、ダイオキシン問題による食品用塩化ビニルフィルムからの代替需要としてブタジエン樹脂(日本で開発された可塑剤不使用の樹脂。ゴムとプラスチックの性質を有する。略称BDR)にも利用され、ビルや橋梁(きょうりょう)の免震ゴムなど用途は拡大している。しかし、ゴム工業全体では、そのほとんどが自動車産業への供給という形になっており、自動車の販売動向に影響を受けている。

 ゴム製品の輸出は、その7割弱(2008年69.4%、金額ベース)がタイヤ・チューブで、ほとんどが自動車用である。その他の輸出品目はガスケット類(7.6%)、ゴムベルト(5.1%)となっている。ゴム製品の輸出(金額ベース)は、アメリカに輸出額全体の20~25%を、その他中国、アラブ首長国連邦オーストラリア、ドイツなどにそれぞれ5%前後供給している。なお自動車用タイヤ・チューブ出荷量は2003年から輸出が国内出荷量を上回っており(ゴム量ベース)、2008年は全出荷量の54%(73万トン)が輸出されている。輸入においてもタイヤ・チューブは増え続け、2008年は11万5000トンで生産量に対して8.6%、国内出荷量に対しては19%程度となっている。金額ベースでみたゴム製品の輸入構成比は、タイヤ・チューブが全体の37%、履き物類が12%、ガスケット類10%、運動競技用品6%の順となる。業界構造は、タイヤの場合大メーカーによる寡占状態にあるが、その他のゴム製品は小規模企業による生産であり、工業用ゴム製品は多品種少量生産されている。タイヤ産業は、自動車生産の現地化に伴い、部品メーカー同様に海外に進出してきた。タイヤメーカー大手のブリヂストンも、世界23か国76工場(2008)で生産を行っている。

 ゴム工業はこれまで、ほかの産業同様、製品の高付加価値化やコスト削減、海外展開などで対応してきたが、新興国の経済発展により原油価格が上昇し、同様に天然ゴムの価格も高騰していることから、さらなる価格競争力が求められている。他方重要な問題となっていた大量の廃タイヤのリサイクルは、製紙業での発電や、セメント・製鉄などの製造の際の熱源として6割がリサイクルされ、再生ゴム、更生タイヤ、輸出などを含めると、9割がリサイクルされている。

[大竹英雄]

『日本ゴム工業会編『日本ゴム工業史』全3巻(1969~1971・東洋経済新報社)』『山本鐵太郎編『ゴム年鑑』1999年版(1998・ポスティコーポレーション)』『山谷隆編『ゴム年鑑』2010年版(2009・ポスティコーポレーション)』『重化学工業通信社・化学チーム編『日本の石油化学工業』2010年版(2009・重化学工業通信社)』『化学工業日報社編・刊「2010年版 化学工業白書」(月刊『化学経済』2010年8月号)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ゴム工業」の意味・わかりやすい解説

ゴム工業 (ゴムこうぎょう)

天然ゴム,および合成ゴムを主原料とし,タイヤ,履物,ベルト,ホースなど各種ゴム製品をつくる産業。1995年の〈工業統計表〉により日本の品目別生産高をみると,自動車用タイヤ・チューブ75%,ベルト,ホースなどの工業製品が19.5%,残りがゴム靴,ゴム引布,医療用などとなっている(新ゴム量ベース)。大企業によるタイヤ生産以外は,基本的に労働集約型産業で中小企業で生産されており,発展途上国の追上げに直面している。かつては原料の天然ゴム確保の困難や原料価格の乱高下のため,しばしば行きづまりに当面したが,1960年ころからの合成ゴムの生産で原料上のネックは解決された。現在,合成ゴムと天然ゴムの消費割合はおよそ7対3である。

 日本のゴム工業は,1886年(明治19)設立の土谷護謨(ゴム)製造所に始まり,ここでは防水布,パッキン類,ホースなどがつくられていた。日清,日露戦争による軍用ゴム製品の需要増大を背景に急速に発展し,明治30年ころからゴム加工メーカーが相次いで誕生し,製品も多様化していった。第1次大戦も発展の契機となって大戦中に自転車タイヤは国産品に置き換わり,また機械工業の発展につれベルト需要が増大した。昭和に入ると,ゴム玩具やゴム靴の輸出が拡大し,自動車タイヤの国産化が進められてダンロップ護謨(極東)(現,住友ゴム工業),横浜護謨製造(現,横浜ゴム),ブリヂストンタイヤ(現,ブリヂストン)の3社が生産を開始した。しかし第2次大戦が始まると,輸出の激減,原料入手難などで大きな打撃を受けた。戦後しばらくは引き続く原料不足から低迷していたが,経済の復興とともに立ち直り,1953年には戦前水準を抜くまでになった。以降,日本経済の高度成長の波にのり,とくに自動車タイヤは自動車産業の発展で急速に拡大した。54年には生産高で履物を初めて上回ったが,戦後のゴム工業の発展は自動車タイヤの成長によるとさえいえる。ちなみに新ゴム消費量は,1950年から74年までにゴム工業全体で15倍に増大したが(この間1963年にイギリスを抜き,以降アメリカに次いで世界第2位),うち自動車タイヤの消費量は37倍にも増大した。自動車タイヤ・メーカーは,戦前の3社から7社に増加したが,自動車の内外需要の鈍化で80年代に入ると業界再編成が進み,ブリヂストン,横浜ゴム,住友ゴム工業,東洋ゴム工業の4社に集約された。また自動車工業をはじめ機械工業の発達で,防振ゴム,パッキン類など工業用ゴム製品も高成長を遂げた。

 ゴム履物は,1960年ころまでは内需拡大,輸出急増で順調に成長したが,アメリカの高関税適用や台湾,韓国,中国との競争で輸出激減,輸入急増に見舞われている。このため大手企業は,台湾,韓国に進出し,国際競争力の低下を補っている。
ゴム
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百科事典マイペディア 「ゴム工業」の意味・わかりやすい解説

ゴム工業【ゴムこうぎょう】

天然ゴム,合成ゴムを原料に各種ゴム製品を製造する工業。日本では1886年から防水布,パッキン(パッキング)類,ホースがつくられ始め,日清,日露戦争で軍用ゴム製品の需要増大を機に発展,1897年ころからゴム加工メーカーが相次いで設立され製品も多様化した。昭和に入り自動車タイヤの国産化が進められた。第2次大戦後はタイヤ生産を中心に発展。製品はタイヤのほか,履物,ベルト,ホースなど。原料は天然ゴム1に対し合成ゴム2の割合である。タイヤなど主要製品の生産は大手の数社に集中している。→ゴム
→関連項目化学工業

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ゴム工業」の意味・わかりやすい解説

ゴム工業
ゴムこうぎょう
rubber industry

天然ゴムおよび合成ゴムを主原料とした製品を生産する工業。ゴムの特性を生かした自動車,航空機,自転車などのタイヤ,伝導およびコンベヤベルト,ホース,ゴム引布,防振ゴム,ゴム手袋,医療衛生用品,履物類など,産業の発展に重要な役割を果す製品や日常生活の必需品を製造している。ゴム工業の規模は消費される原料ゴムの量で比較されるが,1990年の世界の年間原料ゴム (新ゴム) 消費量は 1511万t,日本における消費量はその約 12%にあたる 181万tに達し,アメリカ (262万 8000t) ,ソ連 (249万t) に次いで世界第3位。ゴム製品の需要は今後も増大が予想され,ゴム工業の重要性もそれに従って大きくなることが予想される。

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