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サッカレー サッカレー Thackeray, William Makepeace

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サッカレー
サッカレー
Thackeray, William Makepeace

[生]1811.7.18. カルカッタ
[没]1863.12.24. ロンドン
イギリスの小説家。写実主義と皮肉な風刺をもってイギリス中流階級上層の風俗を描き,庶民的なディケンズと対照される。ケンブリッジ大学中退ののち,法律家,画家,新聞記者を試みたが失敗,妻は発狂。

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百科事典マイペディアの解説

サッカレー

英国の小説家。ディケンズと並んでビクトリア朝の代表的小説家。新聞社の通信員などを経験,すぐれた風刺眼をもち,《パンチ》誌に随筆《俗物の書》や小説《虚栄の市》(1847年―1848年)を発表し,中流・上流社会の虚偽をあざやかに描き出した。
→関連項目写実主義スノッブパンチ平田禿木

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世界大百科事典 第2版の解説

サッカレー【William Makepeace Thackeray】

1811‐63
イギリスの小説家でビクトリア時代を代表する作家の一人。東インド会社高官を父にカルカッタで生まれたが,幼くして父を失い,母も再婚したので,ひとりでイギリスに送り帰され,寄宿舎生活を送った。ケンブリッジ大学を中退,弁護士になろうとしたが長続きせず,ドイツやパリで放浪生活を送るうち投資先の破産により父の遺産をすべて失った。このころ(1836)結婚し,文筆と戯画の才能で生計を立てようとしてジャーナリスト生活に入る。

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大辞林 第三版の解説

サッカレー【William Makepeace Thackeray】

1811~1863) イギリスの小説家。風刺と写実主義による風俗描写にすぐれる。代表作「虚栄の市」「ヘンリー-エズモンド」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サッカレー
さっかれー
William Makepeace Thackeray
(1811―1863)

ディケンズとともに19世紀イギリス文学を代表する小説家。7月18日、インド駐在の財務官のひとり息子として、カルカッタ(現、コルカタ)付近に生まれる。4歳で父を失い、翌年再婚する母を残して本国に帰り、以後叔母の家で養われたため、金に困ることはなかったが、家庭の温かい空気を知ることができないままに成長した。1829年ケンブリッジ大学に入ったが、勉強に打ち込めず翌年中退、ヨーロッパ大陸に遊び、帰国後法律を修めたが、これも長続きしなかった。結局好きな絵の修業のためにパリに渡り、ボヘミアン的な生活を送るというぐあいで、典型的な金持ちの坊ちゃん育ちにありがちな、腰の定まらないディレッタント的な青年時代を送った。それだけに人はよいが、世間知らずのため、友人から道楽の味を覚えさせられてはその負債を押し付けられ、果ては怪しげな新聞を買収させられて破産するという始末で、父の遺産を22歳にしてすべて失ってしまった。やむなく生活のために挿絵を描いたり、新聞のパリ通信員として細々と暮らしたりしながら、パリで知り合ったイザベラ・ショーと1836年に結婚した。
 しかしまもなく妻が精神科病院に入院、娘も他人に預けて育ててもらわねばならず、そうした費用を全部自分で稼がねばならなかった。そのため、以前ののんきな暮らしから一転して、恐ろしい生活苦と闘うことになり、画家として生計をたてることを断念して、雑文書きに専念し、評論、戯作、小説と手あたりしだいに書きまくった。なかでも『イギリス俗物列伝』(1847。のちに『俗物の書』と改題)は風刺家としてのサッカレーの才能がよく出ている。『虚栄の市』(1847~1848)によって一躍文壇に認められ、『ヘンリー・エズモンド』(1852)が彼の作家としての地位を揺るがぬものとした。
 こうした文学的成功にもかかわらず、私生活はきわめて悲惨なもので、家庭生活の幸福を味わえぬわびしさを紛らわそうとしたのか、親友である牧師ブルックフィールドの妻ジェーンと親密になったが、ともに妻があり夫がある身であったので、その愛を成就することもできず、傷心のまま別れねばならなかった。一方、作家としての文名は『ペンデニス』(1850)、『ニューカム一家』(1855)などによりますます高まり、1860年『コーンヒル雑誌』発刊に際して初代編集長となり、イギリス文壇の大御所となったが、健康を害して1863年12月24日52歳で世を去った。彼はよきにつけ悪(あ)しきにつけディケンズのライバルとみなされ、比較されたが、ディケンズに比べて彼の作品は力強さで劣っても、抑制のきいた教養ある文体、鋭い歴史的感覚などで勝っている。最近詳しい伝記研究が行われるにつれて、これまでとかく説教臭や感傷過多が非難された彼の作品が、再評価されるようになった。[小池 滋]
『斎藤美洲訳『世界文学大系40 いぎりす俗物誌』(1961・筑摩書房) ▽藤田清次著『サッカレー研究』(1972・北星堂書店) ▽鈴木幸子著『不安なヴィクトリアン』(1993・篠崎書林) ▽鈴木幸子著『サッカレーを読む――続・不安なヴィクトリアン』(1996・篠崎書林)』

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世界大百科事典内のサッカレーの言及

【虚栄の市】より

…イギリスの小説家サッカレーの小説。1847‐48年刊。…

【スノッブ】より

…語源については明らかでないが,最初は18世紀の俗語で靴屋を意味し,さらにケンブリッジ大学関係者が町の一般市民を呼ぶときに使い,19世紀になってから下の階級の人間,育ちや趣味の悪い人間を指す侮蔑語となった。W.M.サッカレーが1847年に《イギリスのスノッブたち》という連載エッセーを完結させてから,この語は英語圏内のみならず,他の国々にも広く知られるようになった。例えばフランス語にもそのままとり入れられ,〈スノビスムsnobisme〉という語さえ造られた。…

【パンチ】より

…《パンチ》には,常にその時代最高の文学者と画家が参加していた。例えばH.メーヒューやサッカレー(画家としても腕をふるった)が文章で,ジョン・テニエル,リチャード・ドイル(コナン・ドイルの伯父)が絵画でその紙面を飾っていた。まさにイギリスのユーモアの典型と目されている。…

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