サバリッシュ(英語表記)Sawallisch, Wolfgang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サバリッシュ
Sawallisch, Wolfgang

[生]1923.8.26. ミュンヘン
[没]2013.2.22. グラッサウ
ドイツの指揮者,ピアニスト。5歳でピアノを習い始め,11歳で指揮者を志す。ミュンヘン音楽院卒業後,アウクスブルク市立劇場のオペラ・コーチ(声楽コーチ)を経て指揮者となる。1957年史上最年少の 34歳でバイロイト音楽祭(→バイロイト祝祭劇場)を指揮。1960~70年ウィーン交響楽団,1961~73年ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者,1971~92年バイエルン州立歌劇場の音楽監督,1973~80年スイス・ロマンド管弦楽団の芸術監督を歴任した。1993~2003年にはリッカルド・ムーティの後任としてフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を務めた。特にリヒアルト・ゲオルク・シュトラウスオペラに対する解釈で知られる。ピアニストとしては,エリザベス・シュワルツコフ,ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ,ヘルマン・プライら一流の歌手と共演した。1964年以来しばしば訪日し,NHK交響楽団の桂冠名誉指揮者でもあった。

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サバリッシュ

ドイツの指揮者。ドイツ,ミュンヘン生まれ。ハンス・ロスバウトに師事。1957年,33歳の若さでバイロイト音楽祭に初出演し世界的に注目される。バイロイト音楽祭では1962年まで指揮した。ウィーン交響楽団,スイス・ロマンド管弦楽団などの首席指揮者をへて,1971年からバイエルン国立歌劇場の音楽監督(1982年―1992年,総監督)として,ドイツ・オペラで記念碑的上演を成し遂げた。1993年,フィラデルフィア管弦楽団音楽監督。1964年の初来日以来,毎年のようにNHK交響楽団を指揮,NHK交響楽団を世界に通用するオーケストラに育てるのに貢献した。オーケストラの指揮スタイルは若い頃から厳正質実で,カラヤンよりもベームに近いと評された。
→関連項目フィラデルフィア管弦楽団

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サバリッシュ
さばりっしゅ
Wolfgang Sawallisch
(1923―2013)

ドイツの指揮者。ミュンヘン生まれ。同地の音楽大学に学び、1947年以来、アウクスブルク、アーヘン、ウィースバーデン、ケルンの各歌劇場の指揮者・音楽監督を歴任。1957年バイロイト音楽祭に史上最年少の指揮者として登場、話題となった。1960年以後ウィーン交響楽団、ハンブルク・フィルハーモニーの指揮者を兼ね、コンサート指揮者としても実績を重ねた。1964年(昭和39)NHK交響楽団に客演のため初来日、1967年同団名誉指揮者に就任、以後、日本のオーケストラ界に大きく寄与した。1970~1980年スイス・ロマンド管弦楽団首席指揮者、1971~1992年バイエルン国立歌劇場音楽監督、1993年からフィラデルフィア管弦楽団音楽監督を歴任。ドイツ音楽を幅広くこなし、端正で整然たる演奏を聞かせるが、理知的にすぎるとの評もある。ピアニストとしても有能で、室内楽や歌曲伴奏に活躍した。[岩井宏之]
『ハンスペーター・クレルマン編、前田昭雄訳『サヴァリッシュの肖像――指揮者・ピアニストとして』(1984・日本放送出版協会) ▽真鍋圭子訳『音楽と我が人生――ウォルフガング・サヴァリッシュ自伝』(1989・第三文明社) ▽前田昭雄著『レコードとの対話――音楽試論集』(1986・春秋社) ▽長谷恭男著『斜めから見たマエストロたち』(1990・同成社)』

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