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サンゴール サンゴールSenghor, Léopold

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サンゴール
Senghor, Léopold

[生]1906.10.9. フランス領西アフリカ,ジョアール
[没]2001.12.20. フランス,ベルソン
セネガルの詩人,哲学者,政治家,言語学者。大統領(在任 1960~80)。フルネーム Léopold Sédar Senghor。ジョアール出身のセレル族。カトリック系の小学校を卒業,首都ダカールへ出て,優等で中等教育(→リセ)を終了。1928年奨学金を得て渡仏。ルイ・ル・グラン校,ソルボンヌ大学を経て,アフリカ人初の高等教育教授資格(アグレジェ)を取得。その後しばらくはパリのマルセラン・ベルテロー校などでヨーロッパ古典文学,アフリカの言語と文化を教えた。1942年フランスの対独レジスタンス運動に参加,ドイツ軍の捕虜となり収容所生活を経験。1945年セネガル代表のフランス国会議員。1948~58年フランス海外国民学校教授。1960年セネガル独立後の初代大統領。1962年ママドゥ・ディア首相のクーデターが失敗に終わり,サンゴール体制は続いた。1972年にはアフリカ=マダガスカル協力機構(のちアフリカ=モーリシャス共同機構)議長に選出された。1978年2月大統領に 5選されたが 1980年12月任期途中で辞職。アフリカ社会主義の理論的指導者の一方,1940年代半ばから詩集を発表。そのほか,文学論,随筆,政治論文,言語学論文などを発表している。また,黒人文学運動ネグリチュードの提唱者の一人としても有名。『影の歌』Chants d'ombre(1945),『黒いいけにえ』Hosties noires(1948),『エチオピック』Éthiopiques(1956)などの詩集がある。ダグ・ハマーショルド賞をはじめ,国際的な賞を多く受賞。1984年,アカデミー・フランセーズ史上初のアフリカ人会員に選ばれた。(→アフリカ文学

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デジタル大辞泉の解説

サンゴール(Léopold Sédar Senghor)

[1906~2001]セネガルの政治家・詩人。旧フランス領西アフリカの独立運動を進め、セネガル独立後は初代大統領に就任。在任1960~1980。ネグリチュード運動をすすめ、世界黒人芸術祭を主催するなど黒人文化の創造性を主張した。詩集「ナエットのための歌」など。

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百科事典マイペディアの解説

サンゴール

セネガルの詩人,政治家。フランスに留学,1935年―1948年トゥールおよびパリで教師となり,この間に兵役に服し,捕虜生活を経験した。1946年―1958年フランス下院議員。
→関連項目セネガルネグリチュード

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世界大百科事典 第2版の解説

サンゴール【Léopold Sédar Senghor】

1906‐2001
西アフリカ,セネガルの政治家,詩人,思想家。パリ大学を卒業し,アフリカ人では初の中・高等教育教授資格を取得,トゥール,パリの高校で教壇に立った。第2次大戦中対独レジスタンスに参加し,戦後フランス制憲会議にセネガル代表として参加(1945‐46)したのを契機に本格的政治活動を開始した。フランス第四共和政国民議会のセネガル代表議員(1946‐58),フォール内閣国務相(1955‐56)などを歴任し,かたわらフランス海外国民学校教授(1948‐58)も務めた。

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大辞林 第三版の解説

サンゴール【Léopold Sédar Senghor】

1906~2001) セネガルの政治家・詩人。独立運動に参加、初代大統領(1960~1980)。一方、ネグリチュード運動をすすめ、黒人文化の創造性を主張。詩集「ナエットのための歌」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サンゴール
さんごーる
Lopold Sdar Senghor
(1906―2001)

セネガルの政治家、詩人。旧フランス領西アフリカにおける民族・文化運動指導者。セレル人商人の家に生まれ、ダカールのカトリック系学校で学んだあと、パリ大学で文学を学び教授資格を取得し、トゥールおよびパリで教鞭(きょうべん)をとる。第二次世界大戦中、フランス軍に参加したがドイツ軍の捕虜となり、1942年釈放後はレジスタンス運動に加わった。大戦終結後、フランス制憲議会議員、フランス国民議会議員に選出され、フランス社会党と連携しながら、「アフリカ社会主義」を目ざして、西アフリカの独立運動を進めた。同時期、『影の歌』(1945)、『ナエットのための歌』(1948)などの詩集を発表するほか、パリで『プレザンス・アフリケーヌ』誌を創刊(1947)、黒人文化の創造性を主張する「ネグリチュード」運動を進めた。1959年にフランス領スーダン(現マリ)とともにマリ連邦を結成し、翌1960年に独立、モディボ・ケイタが大統領、サンゴールが連邦議会議長となった。しかし、両者間の対立によって、マリ連邦は3か月で崩壊、サンゴールはセネガル共和国の初代大統領になった。その後、1980年まで大統領を務め、親西欧的外交政策をとり、穏健な社会改革路線をとり続けた。1983年アフリカ人として初めてアカデミー・フランセーズの会員に選ばれた。[中村弘光]
『日本セネガル友好協会編・刊『レオポルド・セダール・サンゴール詩集』(1979) ▽登坂雅志訳編『ブラックアフリカ現代詩選』(1993・花神社) ▽Janice S. Spleth Leopold Sedar Senghor(1985, Twayne Publishers, Boston)』

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世界大百科事典内のサンゴールの言及

【セネガル】より

…59年同じ自治共和国のスーダン共和国(現,マリ)と合邦し,60年6月20日マリ連邦として独立した。しかし指導者間の意見の相違から連邦は2ヵ月で解体し,8月20日あらためてセネガル共和国として独立,初代大統領にサンゴールが選出された。
[政治]
 1950年代から独立以後も詩人にして学者の政治家サンゴールが,穏健な自由主義を基調にしながら諸勢力の懐柔,統合,弾圧によって巧みに政治をリードしてきた。…

【ネグリチュード】より

…〈黒人がわれわれの辞書にもたらした数少ない寄与の一つ〉(サルトル)であるが,定義は難しい。いずれにしろ,1930年代のパリでセゼールサンゴールら,フランス領の西インド諸島,アフリカ出身の開化黒人詩人たちが起こした文学運動の思想的・芸術的基盤がこの名で呼ばれる。彼らは,黒人には独特な内的世界,宇宙認識論,芸術創造力,美的感覚などがあるとし,〈アフリカ〉〈ニグロ〉にまつわる過去の汚辱を払拭し,民族的価値の復権,人種の誇りを主張した。…

※「サンゴール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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