シベリア横断鉄道(読み)シベリアおうだんてつどう(英語表記)Transsibirskaya Zheleznodorozhnaya Magistral

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シベリア横断鉄道
シベリアおうだんてつどう
Transsibirskaya Zheleznodorozhnaya Magistral

シベリアを横切ってヨーロッパロシアとロシア極東部を結ぶ鉄道。一般にモスクワウラジオストク間(約 9300km)をさすが,狭義には本線とされるチェリャビンスク―ウラジオストク間(約 7300km)をいう。今日では単一路線の名称としてではなく,いくつかの幹線鉄道の総称として使われることが多い。すなわち西部にはモスクワ―エカテリンブルグ―オムスク線,モスクワ―チェリャビンスク―オムスク線,マグニトゴルスク―アスタナ―タイシェト線の 3幹線があり,これらがタイシェトで 1本となったのち,バイカル湖の南を通ってチタにいたり,その南東でハルビン(哈爾浜)経由の南線を分岐するが,本線は北上してアムール川沿いに延び,ハバロフスクを経てウラジオストクに達する。東部にはタイシェトからレナ川沿岸のウスチクートまで,ハバロフスク付近からタタール海峡沿岸のソビエツカヤガバンまでそれぞれ延びる支線があるほか,1984年バイカル湖北部のウスチクートとアムール川下流のコムソモーリスクナアムーレを結ぶバム鉄道(第2シベリア鉄道)が完成,さらに分岐してヤクーツクへ北上する支線も建設されている。モスクワ―ウラジオストク間の所要時間は急行で 1週間である。鉄道の敷設は当初,清国からロシア極東部を防衛するという軍事的観点から提議されたが,財務大臣セルゲイ・ウィッテによってロシア工業化政策と結びつけられ,1891年ウラジオストクで,1892年チェリャビンスクで起工。1896年の露清同盟密約により東支鉄道敷設権を得たのち,ハルビン経由線を本線と決定,1904年バイカル湖迂回部分を含む全線が開通した。しかし日露戦争後情勢が変化したため,ハバロフスク経由線を本線としてアムール川沿いの路線建設に着工,1916年すでに開通していたウラジオストク―ハバロフスク線と連絡。ロシア革命後シベリア開発の大動脈として重要な役割を果たしている。1937年全線複線化,1970年代末までにモスクワからチタまで電化された。

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