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シュトラルズント Stralsund

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュトラルズント
Stralsund

ドイツ北東部,メクレンブルクフォアポンメルン州の都市。シュトレラズント海峡を隔てリューゲン島と対する。 1209年建設,1234年都市権獲得。 1278年にはハンザ同盟に加盟,その中心的都市の一つとなった。 1370年この地でデンマークとハンザ同盟との間にシュトラルズント条約が締結されたことで知られる。 1648年スウェーデン領となり,1807年フランスの占領などを経て 1815年プロシアに編入された。海陸交通の要衝で,港湾諸施設が整備されており,漁業,水産品加工が盛ん。中世の教会や市庁舎が残る歴史地区は 2002年ウィスマールとともに世界遺産の文化遺産に登録。人口7万 2780 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

シュトラルズント(Stralsund)

ドイツ北東部、メクレンブルク‐フォアポンメルン州の港湾都市。シュトラルズント海峡をはさんでリューゲン島に面する。1949年から1990年まで旧東ドイツに属した。13世紀にハンザ同盟に加盟。ゴシック様式のマリエン教会、ニコライ教会、市庁舎をはじめとする歴史的建造物がある。2002年、同じくバルト海沿岸のハンザ同盟都市ウィスマールとともに、「シュトラルズントとウィスマールの歴史地区」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュトラルズント
しゅとらるずんと
Stralsund

ドイツ北東部の港湾都市。1949~90年は旧東ドイツに属した。シュトラルズント海峡を挟んでリューゲン島に面する。人口6万0700(2000)。都心部にはマリエン教会(13~14世紀)、ニコラス教会(14世紀)、市庁舎(13~14世紀)などのれんが造りゴシック建築が多い。造船所があり、2500トン級の大西洋型の漁船が建造されている。ほかに製糖、醸造業がある。リューゲン島へは海峡上に土手が築かれ、鉄道と道路が通じ、ベルリンとスウェーデンを結ぶ連絡通路になっている。13世紀初頭以来の古い町で、1278年ハンザ同盟に加盟。1648~1814年スウェーデン領、1814年デンマーク領、1815年からプロイセン領。第二次世界大戦中に被害を受けたが、中世のゴシック式教会や市庁舎が残る。[佐々木博]

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