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シュレーゲル シュレーゲル Schlegel, August Wilhelm von

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュレーゲル
シュレーゲル
Schlegel, August Wilhelm von

[生]1767.9.8. ハノーバー
[没]1845.5.12. ボン
ドイツの批評家,翻訳家,東洋語学者。弟の F.フォンシュレーゲルとともにロマン主義運動の指導者。シェークスピアの韻文訳 (1797~1810) で知られる。ゲッティンゲン大学で神学,古典語を学んだ。

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シュレーゲル
シュレーゲル
Schlegel, Friedrich von

[生]1772.3.10. ハノーバー
[没]1829.1.12. ドレスデン
ドイツの文学史家,詩人,批評家,哲学者。 A.W.フォン・シュレーゲルの弟で,ともにロマン主義芸術運動の指導者。ゲッティンゲンライプチヒで法律,哲学,古典語学を学んだ。最初,ギリシアローマ古典文学ゲーテを研究し,古典主義の立場から出発したが,のちシラーとの離反,フィヒテの哲学の影響,ベルリンイェナでの芸術家,女流文学者たちとの交流を経て,ロマン主義の立場に立った。

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シュレーゲル
シュレーゲル
Schlegel, Johann Elias

[生]1719.1.17. マイセン
[没]1749.8.13. デンマーク,ソーレー
ドイツ啓蒙主義の劇作家,評論家。 A.W.v.シュレーゲル,F.v.シュレーゲル兄弟の叔父。雑誌『ブレーメン寄与』の同人。シェークスピアの紹介者として知られる。悲劇『カヌート』 Canut (1746) ,喜劇『沈黙の美女』 Die stumme Schönheit (47) などは,のちにレッシングに称賛された。

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デジタル大辞泉の解説

シュレーゲル(Schlegel)

(August Wilhelm von~)[1767~1845]ドイツの批評家。の兄。弟らと「アテネーウム」誌を刊行、ロマン主義理論の基礎を築いた。シェークスピアの翻訳でも活躍。著「劇芸術および文学関係講演集」。
(Friedrich von~)[1772~1829]ドイツの批評家・哲学者・言語学者。の弟。初期ロマン主義の理論的指導者。また、サンスクリット比較言語学的研究でも知られる。論文「インド人の言語と知恵」、小説「ルチンデ」。

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百科事典マイペディアの解説

シュレーゲル

ドイツの文学史家,批評家。初期ロマン派の機関誌《アテネーウム》を弟のF.v.シュレーゲルと創刊。ベルリンやボンの大学で文学を講じて人気を得,またスタール夫人と各国を旅行した。
→関連項目ティーク

シュレーゲル

ドイツの文学批評家,思想家。法律,古典語などを学んだのち,雑誌《アテネーウム》(1798年―1800年)を兄のA.W.v.シュレーゲルと主宰した。ドイツ・ロマン主義文学の創始者とされる。
→関連項目ノバーリス

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世界大百科事典 第2版の解説

シュレーゲル【Friedrich Schlegel】

1772‐1829
ドイツ・ロマン派の創始者。ハノーファー生まれる。卓越した文芸批評家,文学史家,哲学者であり,その批評の方法論によって近代の解釈学の始祖ともいわれる。古典文学の研究から出発し,ドレスデン大学在学中(1794‐96)ギリシア文学に関する一連の論文を書く。ギリシア文学の客観性・自然性を文学の規範とし,主観的・悟性的な近代文学に対置したが,しだいに近代文学に内在する哲学的精神に注目,近代の悟性的思惟の成果であるフィヒテの観念論スピノザ哲学における神に対する知的愛などを根拠にして,ロマン主義文学論を構築。

シュレーゲル【Johann Elias Schlegel】

1719‐49
ドイツの劇作家。今日では忘れ去られているが,その作品は,1740年代から70年代にかけては,ドイツの劇場の代表的なレパートリーであった。代表作は,デンマーク王クヌット(カヌート)と野心家ウルフォの対立を描いた悲劇《カヌートCanut》(1746)である。思想的には啓蒙主義を基盤にしながら,ゴットシェートとは違って演劇の娯楽性を強調し,ドイツ独自の新しい演劇の確立を主張した。【岩村 行雄】

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大辞林 第三版の解説

シュレーゲル【Friedrich von Schlegel】

1772~1829) ドイツの哲学者・評論家・言語学者。雑誌「アテネウム」を創刊し、ロマン派を理論的に指導。小説「ルチンデ」、比較言語学の業績「インド人の言語と英知について」など。

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世界大百科事典内のシュレーゲルの言及

【ナザレ派】より

…その異様な風体からナザレ派とあだ名される。彼らの精神的・理論的基盤として,ワッケンローダーWilhelm Heinrich Wackenroder(1773‐98)の《芸術を愛する修道僧の心情吐露》(1797)や,芸術の目的を宗教的象徴に置き,15~16世紀前半のイタリア,フランドル,ドイツのいわゆるプリミティブ絵画の模倣を勧めカトリシズムへの回帰を説くF.シュレーゲルの《パリ・オランダ絵画通信》(1803‐05)が挙げられる。彼らはペルジーノ,ラファエロ,デューラーらに範を仰ぎ,聖書や中世文芸に題材を求めた。…

【ロマン派演劇】より

…そのことは統合者としての作家の立場から生まれる〈ロマン主義的イロニー〉という技法にもあらわれている。この時代には,シュレーゲル兄弟(兄=A.W.シュレーゲル,弟=F.シュレーゲル)がシェークスピアその他の翻訳や《劇芸術,劇文学講義》(1809‐11)を著し,それによってロマン派演劇に指導的な役割を果たした。近代芸術としてのロマン的な芸術は,内的分裂から出発しており,したがって統合は無限の追究となるしかなく,結局は〈解体〉をもたらす。…

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