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ジェンナー ジェンナーJenner, Edward

6件 の用語解説(ジェンナーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジェンナー
ジェンナー
Jenner, Edward

[生]1749.5.17. バークリー
[没]1823.1.26. バークリー
イギリスの医師,博物学者。種痘の発見者。牧師の3男に生れ,15歳の頃から医学を学び,1770年ロンドンに出て,名医 J.ハンターに師事,3年後郷里で開業した。その頃牛痘にかかった農婦は痘瘡 (天然痘) にはかからないという経験に基づいて研究を進め,96年5月 14日ジェームスフィップスという8歳の男児の腕に牛痘にかかった乳しぼりの女の手のおできの膿を接種した。

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デジタル大辞泉の解説

ジェンナー(Edward Jenner)

[1749~1823]英国の医師。痘瘡(とうそう)(天然痘)を研究、牛痘接種法(種痘法)を発見。著「牛痘として知られている痘苗の効果について」。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

ジェンナー

英国の医者。バークリーに生まれ,ロンドンに出てハンターに師事し,のち故郷で開業。一度牛痘にかかった者は天然痘にかからないということを聞き,長年にわたって慎重な観察・研究を行い,1796年に種痘法を発明。
→関連項目種痘所

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世界大百科事典 第2版の解説

ジェンナー【Edward Jenner】

1749‐1823
牛痘種痘法を創始したイギリスの医師。グロスターシャーのバークリーで牧師スティーブンStephen J.の第6子として生まれた。5歳のとき両親を失ったため長兄の保護を受け,初等中学を終えた後,1761年からブリストルに近いソドベリーの外科医ラドローDaniel Ludlowについて10年間医学を学んだ。70年ロンドンに出てJ.ハンターの内塾生になり,解剖学と外科学を専攻した。またハンターの推薦でJ.バンクスの助手になり,バンクスがJ.クック船長の第1回探検航海に同行して世界各地で集めた博物標本の整理に従事した。

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大辞林 第三版の解説

ジェンナー【Edward Jenner】

1749~1823) イギリスの医師。牛痘にかかった者は痘瘡(天然痘)にかからないことに着目し、種痘法を発明、予防接種の創始者となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジェンナー
じぇんなー
Edward Jenner
(1749―1823)

イギリスの医師。牧師の三男としてバークリーに生まれる。14歳のときよりブリストルに近いソドバリーの開業医の下で7年間修業する。その間に、ある女性の患者から、「かつて牛痘(ウシに痘疹(とうしん)のできる病気。人にも感染し痘疹ができるが軽症)にかかった人は、痘瘡(とうそう)(天然痘)にかからない」という話を聞く。21歳のときロンドンに出て、当時の有名な外科医で解剖学者・博物学者のJ・ハンターに師事。24歳のときバークリーに帰って医院を開業した。
 当時は、痘瘡の流行が著しく、多数の人々が痘瘡で死亡した。その対策として、痘瘡患者の痘疹の材料を人の皮膚に植え付けて感染させるという危険な方法が行われていた。ジェンナーはソドバリーで聞いた患者の話をヒントにして調査を始め、まず牛痘にかかったことのある人が痘瘡にかからないことを確かめた。1796年5月14日、牛痘にかかっていたある娘の痘疹の材料をフィップスJames Phipps(1788―1853)という、およそ8歳の少年の腕に接種した。やがて自然感染の場合と同様の痘疹ができて治癒した。その後、この少年に痘瘡の材料を植えたが、つかなかった。すなわち、牛痘の病原体が人から人に伝達できること、また、牛痘にかかって治った人は痘瘡にかからないこと、が実験的に証明された。その後も同様の実験を重ねて、1798年に論文として発表した。この方法は、牛痘種痘法とよばれ、痘瘡の予防に安全で効果のある方法であることが認められ、広く世界で行われるようになった。
 その後もバークリーで種痘の普及に尽くし、1823年1月26日に73歳で死去した。カッコウの生態、鳥の渡りの習性など博物学についても優れた発見をしている。
 1980年、世界保健機関(WHO)は、世界から痘瘡を根絶させたと宣言した。これは種痘を組織的に普及させたことによる。日本を含め世界的に種痘に用いられてきたウイルスは、ワクチニアウイルスVaccinia virusとよばれるもので、牛痘ウイルスではない。ジェンナーの時代に種痘に用いられたウイルスが、そのいずれであったのかは不明である。ジェンナーの発明は、その後のすべてのワクチン開発の基礎となったものであり、免疫学の原点ともいわれている。[加藤四郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のジェンナーの言及

【医学】より

…フランスのL.パスツールは,細菌学の知識を利用して醸造業の能率向上,畜産獣医学方面での防疫法をつぎつぎと開発,人間においても狂犬病ワクチンの開発に成功した(1885)。このような治療血清やワクチンは,細菌学の技法を用いているとはいえ,基本的にはE.ジェンナーの牛痘接種による痘瘡(とうそう)予防と同じく,生体自身がもっている免疫能力を利用したものである。ところが同じくコッホの門人であったP.エールリヒは,細菌には染料によって着色されやすいものとそうでないもののあることから,細菌のみに作用して動物や人体には影響のない物質を発見できる理論的可能性に着目し,秦佐八郎とともに梅毒の病原体にのみ特異的に結合し,その発育を阻止する物質サルバルサンを開発,化学療法の基礎をきずいた(1909)。…

【天然痘】より

…法定伝染病の一つで,痘瘡(とうそう)または疱瘡(ほうそう)ともいう。古くから人類に甚大な被害を及ぼしたが,E.ジェンナーによる種痘法の発見を契機として予防法が確立され,まず先進国から天然痘が駆逐された。1960年代にはアフリカ,インド周辺,東南アジア,南アメリカでは毎年のように流行を繰り返していたが,WHOの根絶計画に協力した各国の努力の結果,80年5月にはWHOが地球上からの天然痘根絶宣言を発するに至った。…

【免疫】より

… しかし免疫が,ほんとうの意味での医学・医療上の問題として現れるのは1700年代に入ってからで,種痘の登場による。初めは人痘(ヒト天然痘患者の痂皮や膿汁など)が用いられたが,次いで有名なE.ジェンナーによる牛痘(ウシ天然痘のそれら)の人工的接種がなされ,これらによって天然痘に対する免疫能力をつくり出すことができることが発見された。ジェンナーは,当時中国からイギリスに伝わった少量の人痘材料を吸入させるという恐ろしい方法から,1798年に牛痘の膿汁を接種するという画期的な方法を開発し,危険度を低下させ,天然痘に対する免疫抵抗性を与えることに成功した。…

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