スミソニアン体制(読み)すみそにあんたいせい(英語表記)Smithsonian system

知恵蔵の解説

スミソニアン体制

ブレトン・ウッズ体制の崩壊後、金交換性のない米ドルを中心とした国際通貨体制の構築が試みられ、同年12月にワシントンのスミソニアン博物館で開かれた10カ国蔵相会議で新体制について合意した。これをスミソニアン体制と呼ぶ。スミソニアン体制では変動幅は中心相場の上下各1%から上下各2.25%に拡大された。同時に、ドルの切り下げ(金価格の引き上げ)と各国通貨の調整(ドルに対する切り上げ)が実施された。円も16.88%切り上げられ、1ドル=308円となった。その後もドルに対する信認は容易には回復せず、73年2月には日本が変動為替相場制に移行し、3月にはEC諸国も同じく移行、スミソニアン体制は完全に崩壊した。

(絹川直良 国際通貨研究所経済調査部長 / 2007年)

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百科事典マイペディアの解説

スミソニアン体制【スミソニアンたいせい】

1971年12月,米国ワシントンのスミソニアン博物館で開催された10ヵ国蔵相会議で合意された国際通貨に関する新体制。スミソニアン合意とも。1971年8月,米国のニクソン大統領がドルの金交換停止を発表(ニクソン・ショック)したことにより〈ブレトン・ウッズ体制〉が崩壊し,それに替わる秩序として構築された。 主な内容は,(1)ドルの切下げ(金価格の引上げ)と各国通貨の調整(ドルに対して切上げ),(2)為替変動幅を従来の平価の上下1%から暫定的に2.25%に拡大など。円は16.88%の切上げが決定,1ドル=308円となった。 しかし,スミソニアン体制の為替レート体系は不安定で暫定的な性格だったため,その後1年余りの間に相次ぐ通貨危機に見舞われ,1973年2月に日本は変動相場制に移行,3月にはEC(ヨーロッパ共同体)諸国も移行した。これにより,大勢は変動相場制に移行し,スミソニアン体制は崩壊した。
→関連項目並行輸入

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外国為替用語集の解説

スミソニアン体制

1971年12月、米国のワシントンにあるスミソニアン博物館で、先進10カ国蔵相会議により取り決められた固定相場制。ドルの切り下げと為替変動幅の拡大が取り決められた。金とドルの交換率は1オンス=35ドルから38ドルへ引き上げ、ドルは7.89%切り下げ、円は1ドル=360円から308円(16.88%)に切り上げ、為替変動幅は上下各1%から上下各2.25%へと広げた。しかし、スミソニアン体制でも、米国や英国の国際収支の悪化は止まらず、スミソニアン体制はわずか2年で崩壊。1973年に主要先進国は変動相場制に移行。

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