タイガー ウッズ(英語表記)Tiger Woods

最新 世界スポーツ人名事典 「タイガー ウッズ」の解説

タイガー ウッズ
Tiger Woods
ゴルフ

プロゴルファー
生年月日:1975年12月30日
国籍:米国
出生地:カリフォルニア州サイプレス
別名等:本名=Eldrik Woods
学歴:スタンフォード大学中退
受賞歴:PGA年間最優秀選手〔1997年・1999年・2000年・2001年・2002年・2003年・2005年・2006年・2007年・2009年・2013年〕;ローレウス・スポーツ賞(スポーツマン賞,第1回)〔2000年〕;カセサート大学(タイ)スポーツ科学名誉博士号〔2000年〕
経歴:元米陸軍大佐の父アール・ウッズとタイ出身の母の間に生まれる。父にゴルフの英才教育を受け、3歳でハーフを48打で回る。8歳の頃からジュニア大会などで優勝し、全米ジュニア選手権3連覇。1992年ロサンゼルス・オープンにプロゴルフ協会の公式戦では史上最年少の16歳で出場、’94年全米アマチュア選手権で黒人として初優勝、最年少優勝を飾るなど、幼い時からアマチュアゴルフの記録を塗り替えてきた。’95年マスターズ・トーナメントに初出場、ベストアマに輝く。’96年史上初の全米アマ3連覇。同年大学を中退し、8月プロデビュー。10月デビュー5戦目のラスベガス招待で米国男子プロツアー(PGA)初優勝。’97年4月マスターズで最年少(21歳3ケ月)、大会史上最少ストローク(270)でメジャー初優勝。この年21歳10ケ月で史上最年少賞金王となり、PGAメンバーの互選により選ばれる年間最優秀選手にも選ばれた。’99年8月全米プロゴルフ選手権で優勝、世界ランク1位を奪還。2000年2月ペブルビーチ・ナショナル・プロアマで優勝し、ベン・ホーガンが1948年に達成して以来の米国ツアー6試合連続優勝を達成。6月の全米オープンは大会記録の通算12アンダー、2位に15打差をつけて初優勝。15打差の優勝は101年ぶりの大会記録、メジャーでも138年ぶりの記録だった。7月全英オープンで大会記録の通算19アンダーで優勝し、史上5人目、24歳6ケ月の最年少でグランドスラム(4大大会全制覇)を達成。8月全米プロゴルフ選手権で63年ぶりとなる連覇を達成、またホーガン以来47年ぶり、史上2人目となる年間メジャー3勝の快挙も成し遂げる。この年、2年連続3度目の最優秀選手に選ばれたほか、2年連続で史上最高額を更新し賞金王に輝いた。2001年4月マスターズで2度目の優勝を果たし、2000年の全米オープン以来史上初のメジャー4連勝を達成。2002年3月ベイヒル招待で米国ツアー初となる3度目の同一大会3連覇を達成。この年、4年連続5度目の賞金王。12月左膝を手術。2003年3月世界ゴルフツアー(WGC)のアクセンチュア・マッチプレーを制し、WGC4試合すべてで優勝するグランドスラムを達成。同月ベイヒル招待4連覇を達成、同一トーナメントの4連覇は73年ぶりの快挙だったが、同年の賞金ランキングはビジェイ・シンに次いで2位に終わり、5年連続の賞金王を逃した。2004年3月アクセンチュア・マッチプレー連覇。この年、1999年8月から264週間もの間守り続けた世界ランク1位の座をシンに明け渡す。2005年1月ビュイック招待で11ケ月ぶりに米国ツアー優勝。4月4度目のマスターズ優勝で世界ランク1位に返り咲く。7月全英オープンで優勝し、ジャック・ニクラウス(当時31歳1ケ月7日)を凌ぐ29歳7ケ月18日で史上2人目のダブルグランドスラム(4メジャー大会すべてを2度以上優勝)を達成。この年、3年ぶり6度目の米国ツアー賞金王。2006年5月父アールががんのため死去した後低迷するが、7月史上15人目となる全英オープン連覇を果たす。8月全米プロゴルフ選手権で通算3回目の優勝。同年7度目の賞金王。2007年8月全米プロゴルフ選手権で2年連続4度目の優勝。9月、同年から導入されたポイント制プレーオフの最終戦に勝利し、初代年間王者となる。2008年1月ビュイック招待4連覇。4月マスターズ2位の直後、左膝を手術。6月全米オープンで3度目の優勝を果たし、ニクラウスに次ぐ史上2人目のトリプルグランドスラムを達成。その後、左膝の再手術に踏み切り、残りの試合をすべて欠場した。2009年は米国ツアー6勝で、2年ぶり9度目の賞金王に。プロ14年目のこの年、米経済誌「フォーブス」によりスポーツ選手として史上初めて生涯収入が10億ドルを超える。同年12月自宅近くで起こした交通事故をきっかけに不倫騒動に発展し、無期限での競技自粛を余儀なくされる。2010年4月マスターズで144日ぶりにツアーに復帰するが、度重なる怪我にも悩まされ、2年間は未勝利に終わる。2012年3月アーノルド・パーマー招待で3年ぶりの米国ツアー優勝。9月には史上初となる米国ツアー獲得賞金1億ドルを突破。2013年3月アーノルド・パーマー招待で優勝し、2年半ぶりの世界ランク1位に返り咲く。米国ツアー通算79勝はサム・スニード(米国)の82勝に次ぐ歴代2位。メジャー14勝はニクラウスの18勝に次ぐ歴代2位。米国ツアー賞金王10回。185センチ、84キロ。“タイガー”は自称の愛称。1996年に父アールとともにタイガー・ウッズ基金を創設。またマイノリティー(少数民族)のゴルフ参加援助を目的としたタイガー・ウッズ財団を設立。1997年11月初来日。2004年10月スウェーデン人の元モデルと結婚、1男1女をもうけるが、2010年離婚。2013年3月バンクーバー五輪アルペンスキー滑降金メダリストのリンゼイ・ボンとの交際を発表。

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現代外国人名録2016 「タイガー ウッズ」の解説

タイガー ウッズ
Tiger Woods

職業・肩書
プロゴルファー

国籍
米国

生年月日
1975年12月30日

出生地
カリフォルニア州サイプレス

本名
ウッズ,エルドリック〈Woods,Eldrik Tont〉

学歴
スタンフォード大学〔1996年〕中退

受賞
PGA年間最優秀選手〔1997年・1999年・2000年・2001年・2002年・2003年・2005年・2006年・2007年・2009年・2013年〕,ローレウス・スポーツ賞(スポーツマン賞,第1回)〔2000年〕

経歴
元米陸軍大佐の父アール・ウッズとタイ出身の母の間に生まれる。父にゴルフの英才教育を受け、全米ジュニア選手権3連覇。1992年ロサンゼルス・オープンにプロゴルフ協会の公式戦では史上最年少の16歳で出場、’94年全米アマチュア選手権で最年少優勝を飾るなど、幼い時からアマチュアゴルフの記録を塗り替えてきた。’96年史上初の全米アマ3連覇。同年大学を中退し、8月プロデビュー。10月デビュー5戦目のラスベガス招待で米国男子プロツアー(PGA)初優勝。’97年マスターズで最年少(21歳3ケ月)、大会史上最少ストローク(270)でメジャー初優勝。この年21歳10ケ月で史上最年少賞金王に。’99年全米プロゴルフ選手権で初優勝。2000年2月ペブルビーチ・ナショナル・プロアマで優勝し、ベン・ホーガンが1948年に達成して以来の米国ツアー6試合連続優勝を達成。全米オープンと全英オープンで初優勝し、史上5人目、24歳6ケ月の最年少でグランドスラム(4大大会全制覇)を達成。全米プロゴルフ選手権連覇。2001年マスターズで2度目の優勝を果たし、2000年の全米オープン以来史上初のメジャー4連勝を達成。2003年世界ゴルフツアー(WGC)のアクセンチュア・マッチプレーを制し、WGC4試合すべてで優勝するグランドスラムを達成。2005年4度目のマスターズ優勝。全英オープンでも優勝し、ジャック・ニクラウス(当時31歳1ケ月7日)を凌ぐ29歳7ケ月18日で史上2人目のダブルグランドスラム(4メジャー大会すべてを2度以上優勝)を達成。2006年5月父ががんのため死去した後低迷するが、全英オープン連覇、全米プロゴルフ選手権通算3回目の優勝。2007年全米プロゴルフ選手権で2年連続4度目の優勝。9月、同年から導入されたポイント制プレーオフの最終戦に勝利し、初代年間王者となる。2008年4月左膝を手術。6月全米オープンで3度目の優勝を果たし、ニクラウスに次ぐ史上2人目のトリプルグランドスラムを達成。その後、左膝の再手術に踏み切る。2009年は米国ツアー6勝で、2年ぶり9度目の賞金王に。プロ14年目のこの年、米経済誌「フォーブス」によりスポーツ選手として史上初めて生涯収入が10億ドル(約900億円)を超える。同年12月自宅近くで起こした交通事故をきっかけに不倫騒動に発展し、無期限での競技自粛を余儀なくされる。2010年4月マスターズで144日ぶりにツアーに復帰。2012年3月アーノルド・パーマー招待で3年ぶりの米国ツアー優勝。9月には史上初となる米国ツアー獲得賞金1億ドル(約80億円)を突破。2013年3月、2年半ぶりに世界ランク1位に返り咲く。米国ツアー通算79勝はサム・スニード(米国)の82勝に次ぐ歴代2位。メジャー14勝はニクラウスの18勝に次ぐ歴代2位。米国ツアー賞金王10回。185センチ、84キロ。1996年に父とともにタイガー・ウッズ基金を創設。またマイノリティー(少数民族)のゴルフ参加援助を目的としたタイガー・ウッズ財団を設立。’97年11月初来日。

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タイガー ウッズ

生年月日:1975年12月30日
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