タクシン・シナワット

  • Thaksin Shinawatra
  • 丘達新

現代外国人名録2016の解説

職業・肩書
政治家,実業家 元タイ首相,元タイ愛国党党首

国籍
タイ

生年月日
1949年7月26日

出生地
チェンマイ県

学歴
タイ警察士官学校〔1973年〕卒

学位
犯罪学博士(テキサス州立大学)

経歴
タイ北部の有名なシルクメーカーの華人一族に生まれる。1973年警察士官学校を首席で卒業後、テキサス州立大学に国費留学、犯罪学の博士号取得。帰国後、タイ警察へのコンピューター導入を牽引。警察中佐まで務めるが、’83年IBMのコンピューター輸入販売会社を設立、’85年ケーブルテレビ会社設立、’87年ビジネスに専念するため警察を退職。その後、タイ初の商業衛星打ち上げの他、ケーブルテレビをタイ、カンボジア、ラオスに開局。’87〜94年タイ最大の情報企業集団シナワット・グループ会長を務め、のちオーナーに。一方、’94年10月チュアン首相に起用され、過去最年少の45歳でタイ外相に就任。’95年2月外相辞任。同年5月道義党(パランタム党)党首となり、7月バンハーン内閣で副首相に抜擢される。’96年11月の総選挙には立候補せず、また道義党惨敗の責任をとり党首を辞任。’97年8月経済担当副首相に就任、3ケ月務める。’98年7月タイ愛国党(タイ・ラック・タイ党=TRT)を設立、党首に就任。他党の有力議員100人以上を引き抜き、国軍・法曹出身者が支配していたタイ政界の構造を打破して新風を吹き込む。総選挙直前の2001年1月、資産隠しの疑いで国家汚職防止委員会により憲法裁判所に起訴されるが、総選挙では愛国党が大躍進。同党を軸に、国民党、新希望党が連立政権に参加し、2月首相に就任。同年8月憲法裁判所は無罪判決を下す。2005年2月の総選挙では愛国党が下院500議席中377議席を獲得する歴史的大勝となり、タイ憲政史上初めての単独政権を樹立。2006年1月一族の保有株売却をめぐる不正疑惑をきっかけに退陣要求運動が激化し、4月退陣を表明。その後、暫定首相として政務を執っていたが、9月国連総会出席中に陸軍によるクーデターが勃発、首相の座を追われ、英国へ亡命。10月党首を辞任。在任中は、経済危機後の回復を優先課題とし、内需拡大、輸出振興策などで高度経済成長の軌道に乗せることに成功した。2007年タイの憲法裁判所は、前年4月の総選挙の際の選挙違反を巡り、5年間の公民権停止と、当時の与党・愛国党の解党処分を下した。2008年10月タイの最高裁判所は、国有地を不正取得したとして汚職防止法違反の罪で禁固2年の実刑を言い渡した。2010年2月最高裁が不正蓄財を認定、一族の資産6割に当たる460億バーツ没収の判決を下す。2008年8月から国外逃亡。2011年8月〜2014年5月妹のインラック・シナワットがタイ首相を務める。2007〜2008年マンチェスター・シティ・フットボールクラブ会長。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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